ほおずき遊び

幹の太さ、約3.5メートル

古墳の丘を離れ、クスの木が立ち並ぶ場所のそばに移ったチビは、少し落ち着いてきたのか、木のそばで遊ぶようになった。それで私も一緒に遊ぶ。

チビには、自然の猫じゃらし。草ぼうぼうのそこらには、なんぼでも生えている。大きな木の陰に入ると安心するようだ。やっぱり寄らば大樹の陰なんだね。

大木のそばで安心するのは、私も同じ。木に手を回してみたり頭をつけてみたりして、幹の中の音に耳をそばだててみる。子供のころによくやっていたことだ。

実家の敷地のまわりは樹木に囲まれていて、なかでも太い木が二本、家の入り口に向かい合って立ち、門のようになっていた。トンネル状になった枝の向こうには、空が広がっていた。

一番太くて樹齢を重ねた木はあまりに年を取ってしまい、幹に空洞ができ、その根元には小さな祠が祀られていた。おとなたちは、なにかあるとそこに白ヘビが出てくるといってお供えをした。

その祠を姉と二人で見ていたときのことだ。
「あそこに出てくる白ヘビ、あたし見たことがある」と姉が言った。
「白いへびをみると、とてもいいことがあるんだって」とも。

姉は、いつも友達に囲まれているような性格で、友達がいなかった私には、うらやましい存在だった。
だから、自分も白いヘビをみたら幸運が舞い降りてきて、人気者になれるかもしれないと考え、しょっちゅうその木の根元あたりを見るのだが、さっぱり出会えなかった。

 写真 花キューピット

私が見るのはいつも普通のヘビ。学校からの帰り道、そこでよくトグロを巻いていて、首をもちあげていることもあった。まるで、お帰り、とでも言うように。私の帰りを待っているのは、ときどき顔をみせるそのヘビと、飼っていた秋田犬。

いつまでたっても、白いヘビはさっぱり出てきそうにない。そのうちに諦めたのだが、それがきっかけになって木の下で過ごす時間が多くなった。むしろを敷いて寝転んで、本を読む。本といっても、自分では買えないので、学校の図書室から借りてきたもの。だから、あまりぞんざいには扱えない。

木のトンネルの下は、日射しも遮られて風が通り抜けていく。気持がよくて、つい、うたたねをしてしまう。そんなある日、夢を見た。祠から出てきたのは白いヘビではなく、どこかでみたようなお婆さん。はっとして眼をさますと、そこにいたのは、真っ白な髪を頭の上で丸めている自分の婆ちゃん。

写真 花キューピット゛

なあんだ、とがっかりして起き上がると、婆ちゃんはどこかで取ってきたらしい赤いほおずきの実を、ほら、と言って私に渡し、自分も口にふくみ、もごもごと口を動かした。

「ばあちゃん、なにしてんの」
「うん、ほおずきはな、こうやって種を出して空にしてな、風船みたいにすると音が出るんだ。おまえもやってみな」
婆ちゃんに言われたとおり、私もほおずきを口にしてみるけれど、中から苦い汁が出るだけで、皮も破れてうまくできなかった。

写真 花キューピット

そして婆ちゃんが舌の先を出して見せてくれたのは、すっかり中身が抜けた小さな風船。婆ちゃんはそれをまた口に含んで吹いてみせた。プウと小さな音が出た。ほおずき笛だ。何回やってみても、私にはできなかったけれど。

今、考えてみると、あれはたしかに現実のできごとだったのに、年老いた大きな木が運んできてくれた幸せな夢だった気がする。

日が短くなり、丘の上から帰るときはもう、薄暗くなってきた。

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