猫の小径

水辺に身を伸ばすようにして咲くあやめ。藤やツツジの色にあふれているなかで、ひっそりと水辺に咲いていた。コロナ渦で、自粛を促すニュースが流れているが、蓮花寺池公園は連日、すごい人出。逆送禁止や飲酒の禁止の立て札があちこちに立ち、入り口では検温も。それで、でかける時間を遅くしている。

それでもまだまだ駐車場も公園内も密状態。ううん、みんな、でかけにくいときの公園頼みというところなのかな。とりあえず外に出たいときにはちょうどいいところ。そんなわけで、出店も出ていて、とてもコロナのさなかにあるようにはみえない。そんな喧噪のなか、そっと、目立たない場所に咲いている花もある。

人が多いと、当然、猫たちはどこかへ避難する。人間と同じで、要領のいいのもいれば悪いのもいる。チビとまる子は人嫌いではないが、あまりいじられるのは嫌がる。猫としては当然のこと。なので、人が多いときには古墳の裏のあたりに避難している。

私は勝手に、そこを猫の小径と名づけている。ときどきは人が入ってきたり、犬連れの人がきたりするが、ここまで入ってくることはそれほど多くはないので、餌をやったあとは、この猫の小径でチビまる子としばらくおっかけっこをする。猫たちは喜んで走り回る。

まる子がふいに消えたので、名前を呼んでいると、それまで動き回っていたチビが止まり、ちょこんとすわった。まるで、まる子の居場所を示すように。すると、まる子はガサゴソと生い茂った草むらの奥から出てきた。チビはまる子の居場所に案内してくれたのだ。なんと賢い!

こういうことを三毛子ともしたいのだが、なにしろ、家のまわりは住宅ばかり。それでも、ところどころ空き地の緑があって、そこで三毛子は日中を過ごし、腹がすくと、その空き地のそばの家の玄関まで行き、餌をねだっていたらしい。家まで帰ってくると閉じ込められるので、手短かにすませていたのかもしれない・・・。

それで少しずつ、家にいる時間を長くしようと訓練中だ。結果、外でも中でもないベランダで過ごす時間が長くなっている。

洗濯物を干そうとベランダに出ると、三毛子が、しきりにゴソゴソとしている。なにかみつけたみたいだ。三毛子はこんなふうによくなにかをみつけては探し物をしている。好奇心が旺盛で、その必死な様子をみているとほほえましい。

私は、三毛子になんとなくうしろめたさを抱いているから、三毛子に弱い。三毛子がかつて寝食をともにしていたグレ子とグレ男がしっかりと連携をとり、まわりの圧力に対抗しているのをみると、いっそう感じるのだ。

三毛子に人間の匂いがついたせいか、彼らは、もう、ここはおまえのくるところではないのだといいたげに、三毛子が近寄って行っても威嚇し、近づけようとはしない。仲間をなくしてしまった三毛子をみては、本当にこれでよかったのかと、ときどき三毛子の寝顔をみては思う。でももう、後には戻れない。

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