親子の絆、きょうだいや友達の絆。
とくにきょうだいは、血が繋がっているけれど、適度に距離があって不思議な関係。
ライバル意識を持つこともあるし、喧嘩をすることもあるし。
その点、猫はどうなんでしょう。
きょうだいが助け合い、支えあって生きているものたちもいれば、生まれてすぐに離ればなれになったり、死にゆくものもいる。
人間のように、親の記憶は深いものなのか、それとも浅いものかはわからないけれど、外猫で、支えあい、庇いあって生きている猫のきょうだいを見ていると、胸を突かれる。
人間の場合は、何番目に生まれたかによって親の見方も違うし、親もまた公平ではなく、それぞれの兄弟関係も違ってくる。
でも、きょうだいがいるというのは心強い。
他人よりも近くて、話を聞いてもらったり、反対に聞いてやったり。
それだけで落ち着くこともある。
猫の場合は、わずかなことが生死にかかわる。
仲のいいきょうだい猫をみかけると、なんとかこの関係が続けられればいいんだがなあと願う。
人間のように猫は複雑に考えない。
相性があえば仲間として受け入れる。
それでいて、ある日、相棒が突然にいなくなってしまっても、まず自分のことを考える。
とくにノラ猫は、とにかく生きて行かなくちゃならないから。
それでも、やっぱりあったかい記憶はどこかに残っているようで、だから優しい人の手に撫でられると、その記憶が蘇ってくるのか、とても嬉しそうに甘えたりゴロゴロ言ったり。
きっと人間もまた、誰かに甘えたり触れたりしているときには、そうした記憶の中にいるのかもしれません。
遠く、かなたの空深くに去り、いつのまにか忘れていたものが、ふわっと舞い降りてくるんでしょうか。