許してね、グレ子

今年は暑さが尋常ではなかったせいか、セミの鳴き声が聞こえる時期も、いつもの年に比べると短かった。

南海トラフが何年後かにかなりの確率でくるというニュースに、のんびりとしていた私も備蓄品の買い出しをせざるを得なくなり、あたふたと日を送っていたこのごろ、辛いニュースが続けて入ってきた。

私の心を鷲掴みにして離さなかった「たにゃ」のこと。
その知らせからほどなくして、今度は、ミーナと野良仲間だったグレ子が空に還ったという知らせがきた。

グレ子は可愛いとはいいがたい顔だったが、とても頭がよくて、優しい子。
妹ぶんのミーナの面倒をよくみていた。

猫嫌いの人から守るために、まだ小さかったミーナを私が保護しようとしているとき、めずらしくミーナが一匹で我が家の庭にやってきたので、なんとかおびき寄せて家の中に入れることに成功した。
里親を探して預けるつもりだったから、とりあえずミーナだけにしたのだったが、保護してみると、とてもすぐには里親に預けられるような状態ではなかった。

だからといって、また野良に戻してしまうのはできない。
そのままにしておくと、ミーナは、庭にグレ男やグレ子がくると、めざとく窓ガラスにくっついて泣き叫んだ。

「あたしはここにいるから、助けて」とでも言うように。
それで、グレ子やグレ男はしじゅうミーナに会いにくるようになり、私は自分がとても残酷なことをしてしまったのだと気づいた。

それで、ミーナを外に出してみた。
すると、ミーナは昼間はグレ子たち仲間のもとへと行っているが、夜には帰ってくる。
しかも、ほかの猫たちをぞろぞろと引き連れてくるのだった。

本音をいえばどの子も可愛くて、全部の面倒をみてやりかったが、我が家の事情はそれを許さない。
しかたなく、ミーナをまた家の中に閉じ込めることにした。

ある冬の寒い夜、外で鳴き声がするのでみてみると、グレ子がめずらしくたった一匹で玄関の外にちょこんと座っていた。
すぐにあけてやりたい気持を必死でこらえた。

この近辺では猫に餌をやるのは禁じられていて、人目もはばかられる。
飼うことができない猫に餌をやったら、きっとトラブルになるだろう。
そう思うと、どうにも手が出せない。

グレ子はよほど寒くて中に入りたかったのだろうか。
それともお腹が空いていたのだろうか。
冷たい風が吹く玄関に、小さな体で座っているグレ子をみているのは辛かった。

しばらくして、そんなグレ子やグレ男にひっそりと餌をやってくれている人がいるのを知った。
怖れていたとおり、やがてその餌やりのことが話題になり、それで私はその人と相談をして、以前から保護をした猫たちの世話をしている彼女に受け入れてもらうことにした。

だが、二匹は長年の野良暮らしのせいで、なかなか慣れてはくれず、半年たってもまだ指も触れられないとのことで、その状態は長く続いた。

それでも一年ほどたつ頃から、ようやくグレ子のほうは心を許したようで、保護主さんにずいぶんと慣れてきていた様子。
グレ男のほうはまだ触れることはできないが、他の猫たちと一緒に餌を食べるようになったいうことで、ようやくほっとした。

【保護されたばかりのグレ男とグレ子 恐怖でイカ耳になっている】

ところが先日、グレ子が、朝、死んでいたという知らせが保護主さんから入った。
少し前から鼻水を出していたから薬をやっていたそうで、餌も食べていたそうだが、突然だったという。

せめて最後に顔だけでもみたかったのだが、連絡がついたときにはすでに葬祭場で骨にしてもらったあとで、間に合わなかった。
あのとき、寒い冬の夜に、玄関の外でちょこんと座って、ずっとあけてくれるのを待っていたグレ子の姿が忘れられない。
暖かい家の中に入れてやり、仲良しのミーナと一緒に暮らすことができていたなら、どんなにか幸せだっただろう。

でもせめて、誰も知らないところで息を引き取ることは避けられた。
名前もなく、居場所もなく、ただ餌をもらうために生きているということだけは避けられた。
やさしい人に受け入れてもらえてきょうだいであるグレ男と一緒に暮らせることもでき、カラスなどにやられることもなかった。

それだけでもよかったよ、と今はそう思いたい。
あのとき、玄関をあけてやれなくて、ごめんね。グレ子。

夏の終わりはいつもさびしいね。
今年はとくに。

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