東京にある、その教会の隣りには寄宿舎があった。
私は宗教とは無縁だったが、親戚の紹介で寄宿舎に部屋を借りることになったのだ。
高校を終えて数カ月。
だから、寄宿舎だったのだろう。
寄宿舎だから門限がある。
9時である。
門限は、私には早すぎた。
なぜかというと、つい、仕事の帰りに寄り道をしてしまい、うっかりすると門限にまにあわない。
寄宿舎には鉄の門があって、押し開けるときにはギイーッと鋭い音が響いた。
まずい、ちょっと過ぎちゃった。
おそるおそる玄関の扉をあけると、案の定、黒い服の神父が立ちはだかっている。
たとえ5分であっても、彼は大目にみることはなかった。
「約束の時間を守れない人は、ここにいることはできません。それでも3度までは許します」
薄明かりの中、黒い影になって顔がよく見えない神父は、昼間見る姿とはかけはなれていた。
おんなじなのは、英語混じりのたどたどしい日本語。
昼間見る彼の顔は優し気で、ステンドグラスを通して届く光のなか、金色のまつげが揺れる。
光をたたえて揺れるまつげと透き通った瞳にみとれてしまい、彼が話す神様の話は耳に入らなかった。
それからひと月もたたないうちに門限を3度も破ってしまった私は、寄宿舎を出なくてはならなくなった。
門限を破ったことくらいで、まさか追い出すことはないだろうと多寡をくくっていたのだ。
現実を思い知り、移り住んだアパートの二階から下を見下ろすと小さな鳥居があり、そこに茶トラの猫がいることに気づいて、ようやくほっとしたものだ。
金色のまつげの神父の言葉は、年を取るにしたがって重くなった。
時間ほど大切なものなんて、ほかにないのだから。