子供のころから感じていたことだけれど、おんなじことをしても楽しそうな顔をしている人と、つまらなそうな顔をしている人がいる。
その違いはどこからくるんだろうと子供心にも不思議だった。
たとえば掃除当番。誰もがいやがることを、けっこう面白そうにしている子がいた。
「ねえ、掃除、好きなの?」
尋ねると、「一人だとつまんないけど。みんないるから。それにきれいになると気持いいから」という答。

それを聞いて私は、そうか、毎日の、自分の家の床を雑巾がけするときに感じるあれかあ、と気づいた。
家の雑巾がけは親に言われて始めたことだった。でも、学校のは別にそんなに真面目にやらなくても、と思っているし、なるべく楽な仕事をしようと選んでいるから楽しくないんだなあと気づいたような・・・。

そのときから、その子と一緒の掃除はちょっと楽しくなった。
それと同じようなことは、おとなになってもよくあることだった。
どちらかといえば何でも?マークをつけ、懐疑的にものを見る癖がある自分にとって、物事はとても複雑に難しくみえてくる。
なのに、同じことをしても軽々とやってのけ、べつになんの問題もないじゃん、と言いたげな顔で笑っている人もいる。
塀の高さは同じはずのものでも、それを見る人によって、感じる高さはずいぶん違ってしまうのだ。

おおむね、そういう人は要領もいいし、明るいから人も寄ってくる。すると、幸運も寄ってくる。
そんな人を眺めていると、あの人は生き上手なんだなあと思う。
えっ、そんなんで大丈夫なの? と雑なやりかたをみて感じることも多いけれど、意外とうまくいくようで。
あまり細かいことを気にせず、なので、やることも早い。
綿密な計画よりもまず実行。調子が良すぎるんじゃないの、とさえ思えてくるのだが、うまくいかなくても、さほど落ち込まない。というか、落ち込まないようなメンタルを持っている気がする。

深く考えたからといって、うまくいくとはかぎらない。
むしろ、考えすぎて視野が狭くなり、かえって始末が悪いことも多い。案ずるより生むが安し。
そんな人はたぶん生き上手。
それで自分も、生き上手にはなれなくても、ぐすぐずと不平をもらす始末の悪い人にはならないようにと、自戒。

いちいち猫に照らし合わせるのもどうかと思うが、本当に猫は人間みたいに性格がはっきりしている。
餌をやると、好き嫌いせずに夢中で食べる猫がいる一方で、隣りの猫の餌のほうがおいしそうにみえるのか、あっちの皿、こっの皿とまごまごしては迷い、そのうちに自分の分を他の猫に食べられてしまう猫もいる。
そんな猫を見ていると、ああ、あんたは生き下手だねえと、思わず共感し、同情してしまう。

でも、人はそれぞれで、モタモタうろうろしながら生きていると、早く歩く人にはみえないものも見えてくる。どっちがいいのかわからなくなるが、やっぱり上手なほうがくたびれないだろうな。
同じエネルギーで遠くまで行けそうだ。最近はガソリン代も高いしね。