謎のおじさん

謎のおじさんは、目立たないけれど、よく見るとわりとカッコいいのである。
時々ランニングをしているからか、お腹も出ていないし、姿勢もいい。

そして、なにより、おしゃれなのである。
おしゃれといっても、いわゆる普通でいうおしゃれとは違う。

いつも同じような服を着ているが、くたびれてはいない。
同じジーンズを何本も持っているのかもしれない。

そして、上にジージャンを羽織っていると、きまっている。

two hanged blue stonewash and blue jeans

おじさんは、毎日ではないが、公園の猫たちに餌をやっている。
それもまた、普通のおじさんがやるように、適当にバラバラと餌を撒いていくわけではない。

手作りらしい小さな器を持ってきて、終わったら洗って使っている。
初めは、なんやこのおじさん、邪魔くさいなあと思っていたが、そのうちに、見方が変わってきた。

猫に対する態度が、とても優しいのである。
猫たちもじきに懐いて、心待ちにするようになった。

正面の出入り口のあたりにいる夏男は、このおじさんがくると、「待ってました」とばかりに膝に飛び乗る。
夏男は、もう一人、餌やりをしている、きれいなおばさんの膝にもよく乗る。

彼女は独身。おじさんもたぶん独身っぽい。
両方とも大の猫好きで年齢も似通っている。

とあれば、仲が悪くなるわけがない。
ときどき、夏男を囲んで笑い声を立てている。
ほのぼのと温かい空気に包まれて、いい眺めなのである。

謎のおじさんと素敵なおばさんが一緒になって、猫たちを囲む。
そんな想像までしてしまうときもある。

先日、思い切って謎のおじさんに、花猫の会に入っていただけないかと声をかけた。
すると、おじさんは、いやいや、と言っていたが、あいかわらず、猫たちの世話は続けている。

今では、餌をやったり猫をかわいがる人たちのあいだで、おじさんの存在はしっかりと認められ、おじさんが来る日は、餌やりの手間が省けるということもあって、「あのおじさん、今日、きてるよ」が挨拶みたいになっている。

けれど、おじさんはあまり人と話したがらないから、いまだに誰も、名前も素性も知らない。
そして、昨日、おじさんが駐車場で車に乗るところを見かけた。

私が自分のオンボロマーチのほうへ歩いていくと、途中でおじさんは黒塗りの車に乗ろうとしていた。
その車、いつもの、目立たず優し気なまなざしのおじさんのイメージとは、かなり違っていた。

するすると地面を這うように走り去って行くスタイリッシュな黒い車は、スポーツタイプの精悍なボディ。
餌やりをしている姿とその車のイメージが違いすぎて、呆気にとられた。

そして、謎のおじさんは、後ろから走っていく私のオンボロマーチを尻目に、テールランプも鮮やかに、あっというまに視界から消えて行った。

なにごとも、一つの行動だけを見て勝手にイメージするのはよくない。
それにしても、興味をそそられる人である。
ミステリアスなおじさんには、ジージャンがよく似合う。

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