二、三日、暑すぎるくらいの陽気が続いて、公園の桜は、ほぼ満開に。
毎日通っているというのに、またたくまに公園の様子が変わっていた。
開いた花々は、池に伸びる枝の先でぽんぽんとまあるく咲いて、濃いの、薄いの、みんな一緒に咲いて、手をとりながら一緒に遊んでいるようだ。
強い風にもぎとられた花の子たちは、まだまだ枝についていたかったろうに、道の上を転がり、池の水面に落ちて流れていく。
そんな中、アズキは謎のおじさんに餌を貰ったらしく、茂みの中でひと眠り。
ふじ子も貰ったらしく、いつもならこちらが気づく前に鳴き声をあげて近づいてくるのに、今日は鳴き声もしない。
モミジのいる場所には風雲児の大ちゃんが居座り、そのせいか、モミジは姿をあらわさない。
みんなに会えなくて、なんだかちょっと寂しいなあと思いながら歩いて行くと、池の向こう側から三味線の音色が聞こえてきた。
空耳かな?
そう思いながら耳を澄ますと、風に乗ってやっぱり聞こえてくる。
誰かが弾いているのは間違いない。
しかも、かなりの腕前と思われる音色に、思わず足が速くなる。
音が聞こえるのは、イベント広場の方からだ。
息をきらしながら広場に着くと、広場を囲む階段状の観覧席なかほどで、少年が三味線を弾いていた。
立ち止まって聞いている人のなか、隣りに立っている人が誰にともなくつぶやいた。
「あの子は今度、世界大会に出るんですよ。それで時々こうしてここに練習にきてるんです」
訊くと、少年の祖母だという。
道理で、無心というよりは鬼気迫る迫力に満ちていて、少年のまわりには近づきがたい空気が張り詰めていた。
強い風がしだいに冷たくなってきて、帰る人が多くなったが、私は彼がやめるまで聞くことにした。
眼の前にいる少年は、桜の花の子たちが舞い落ちるなか、肌寒くなっていく風の中で弾き続けた。
強く弱く、まるで風のように波を打つ三味線の音色を聞いているうちに、ある怖い話を思いだした。
盗賊が美しい女を背負い、山桜が満開の道を歩いて行くと、女はどんどん重くなってくる。
その女は美しいことをたてにして、盗賊の男にさまざまな要求をするのですが、なにを言われても男は逆らえず、最後に、その女の正体が鬼であったことに気づくのです。「坂口安吾 桜の森の満開の下」
昔、桜は人々にとって怖いものであったようです。
怖いもの知らずだった大男でさえ惑わされるというのだから。