湘南ストライプ

夏になると、着たくなるものがある。
ブルーの細いストライプが入った服。

とくにワンピース。
そんなに好きなのに、これまで、なぜか買うことがなかった。

今ではほとんどワンピースなど着なくなったが、記憶の中で、いちばん最初に着たワンピースは、ピンクのチェック模様のもので後ろでリボン結びにするやつだつた。
とてもお気に入りだったのに、夏休みになるとよく行く親戚の家のブランコに乗っていて転げ落ち、服は土まみれになった。

夕方には家へ帰るバスに乗らなくてはならなかったから、どうしようと途方に暮れていると、笑顔がとても優しかった、そこんちのおばあちゃんが、「大丈夫だよ」と言って、針と糸を持ち出してきて、汚れてしまった部分を襞の中に織り込んで閉じてくれた。

「さあ、これで、とりあえずは恥ずかしくないよね」
おばあちゃんはいつもの優しい顔で私を慰めてくれ、さらには、「これ、お小遣いね」と言って、いくらかのお金を渡してくれた。

それからのこと、ワンピースを着るときには、その時のおばあちゃんの笑顔を思い出すようになった。
優しい眼の笑顔とともに。

すっかりおとなになって、そろそろ中年に差し掛かるころ、いわゆるママ友といわれる仲間もできて、ときおり、4人で鎌倉あたりのレストランに行ってはランチを食べに行った時期、それなりにおしゃれもするようになって、ようやくまたワンピースを着るようになった。

いつもみんなを車に乗せて、あちこちのしゃれた店に連れて行ってくれるのは、私よりも五歳ほど年上のキャリアウーマンで、その人に任せておけば、雰囲気のいい店へ連れて行ってくれる。

その日は、海に張り出したデッキにテーブルがある店に彼女は連れて行ってくれた。
シーフードカレーがおいしいという評判の、その店で食事をしたあと、ちょっとドライブしようかという話になった。

そうして、4人が乗った車は鎌倉の方角へと向かった。
すると、車は突然、ある店の前で止まる。

運転をしていた彼女は、「あのショーウィンドーのワンピース、いいと思わない?」と言って、店の駐車場に車を入れた。
彼女は営業という仕事柄、いつもスーツだ。
いつもの彼女の雰囲気ではない。 

ちょっと不思議に思いながら、みんなで店に入って行ったのだが、他のみんなが店の中の商品をあれこれと手に取ってみるなか、リーダー格の彼女はショーウィンドーにディスプレイしてあった、細いブルーのストライプが入ったワンピースを試着し、照れたような顔で出てきた。

いつもとはまるで違う彼女を見て、私たちは呆気にとられて眺めていたが、彼女はそれを着たまま帰ると言い、支払いを済ませて店を出た。

襟元に白い小さな立ち襟があり、細いブルーのストライプが入ったワンピースは、きりっとした雰囲気の彼女に似合っていた。

それから何年かたち、私は山形に移住し、残った3人の仲間は、あいかわらずときどき会っているようだったが、距離が離れた私とは自然に縁遠くなってしまった。

さらに数年がたって、リーダーの彼女が車の事故で突然に亡くなったという報せを受け取ったとき、私はなぜだかあのときのブルーのワンピースを着て試着室から出てきたときの彼女の姿を思い浮かべていた。

それ以来、私は、どこかの通りで、あのときの服に似たストライプのワンピースがディスプレイされているのをみかけると、つい立ち止まってみつめてしまう。
少し恥ずかし気な顔で、試着室から出てきたときの彼女の姿が、そこにあるようで。

夏の日差しの中、そういう服に出会うと、あっ、あの時の湘南ストライプだ、とつい思ってしまう。

【オラオラ! という感じのアズキ】

あれ以来、なかなか湘南ストライプ柄の服には手が出せなかったが、今年の暑い夏はひさしぶりに着てみたいな。
そうやって自分のご機嫌を高めて、このどうしようもなく暑い夏をのりきるのも悪くないよね。
彼女たちとの湘南の夏を思い出しながら。

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。
購読料はかかりません。アドレスが公開されることはありません。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!