世話になったね、ふじ子

ふじ子、という名前をつけたのは私だった。
いつも藤の木の下で身を隠すようにして待っていたから。

そのふじ子の姿を見なくなって二週間が過ぎた。
ときどき姿を見せないことはあったが、一週間以上というのは、これまでになかったことだ。

ほかのみんなはそのうちに出てくるだろうと楽観的だった。
私も初めはそう思っていた。

【ご飯をたべたあとは、コロンする。 ふじ子のサービス 】

けれども、一週間以上にもなると、さすがに心配になった。
それで朝、餌やりをしている人に尋ねると、2、3日前に出てきて餌を食べたという。

ほっとしたのもつかのま、それっきりふじ子の姿を見たものはなく、さすがにおかしいと思うようになった。
けれど、いくら探しても、池のまわりにいる気配はない。
名前を呼ぶ私の声が深い木々の奥へと吸い込まれるだけで、ふじ子のちょっと騒がしい声は返ってこない。

食いしんぼのふじ子がそういつまでも姿を見せないのは、やっぱりおかしい。
そう思って、ふじ子の写真を持って、今度は山の裏側にある住宅地やお寺に行ってみることにした。
というのも、ふじ子はよく名前を呼ぶと、山のほうから駆け下りてくることがよくあったからだ。

隠れることができるところがたくさんありそうなお寺は二軒。
遠いほうのお寺から行くことにして、そこから民家を回った。
けれども、誰もそんな猫は見たことがないという。

諦めかけて、そうして、最後に回ったのが、山を挟んで直線距離にあるお寺。
境内を抜け、チャイムを押すと、奥さんらしき方が出てきて、写真をみると、「先週の水曜の朝に、そこの松の木の下で死んでた」と言う。

すぐには信じることができなかった。
ふじ子は慣れた人には剽軽で人懐こいが、とても臆病な性格で、知らない人には警戒心が強いから、そんなところで、と。

【この松の木のそばで・・・】

けれども、写真を見た奥さんの話し方はしだいに確信に満ちていった。
「うん、まちがいない、この猫よ。ときどきここにきてたからね、わかる。最初はね、寝てるんだと思った」と言う。

「でもね、どこにも傷もなかったし、なにか毒でも飲まされたような感じもなくて、まるでただ眠ってるような感じだったのよ。すごく寒い日だったし、風が冷たい日だったから、凍死だと思うって、一緒に見てくれた人、猫に詳しい檀家の人がそう言ってた。それでね、お弔いをしてあげて・・・」

親切な奥さんの話に少しほっとしたものの、私は茫然として松の木のそばからしばらく離れられなかった。
彼女に礼を言い、それから、またふじ子がよくいた場所に戻った。

【初めはアズキからご挨拶】

そこは、アズキがいつもいる場所の近く。
ふじ子はオス猫に追われて転々と居場所を変え、たどり着いたのがそこだった。

警戒したアズキ、初めは追い払おうとシャアシャアしていたのだが、餌をやるときに二匹同時にやるようにすると、その距離がしだいに縮まった。
そのうちにアズキのほうからふじ子を舐めてやるようになり、しばらくして、ふじ子も応えるようになっていった。

【キョトンとしていたふじ子も、しだいにお返しをするようになった。】

どこでどんなふうにして育ったのか、ふじ子にはそんなふうに愛情を示してもらえる経験がなかったらしく、初めはきょとんとしていた。

それがしだいにアズキの愛に応えるようになっていき、さらには、餌を貰う時でさえ近づくこともなく、遠巻きにしておどおどしながら食べていたのに、いつしか撫でることをを許してくれるようになっていた。

アズキの姿が見えないとき、私が名前を呼びながら、山のほうに向かって名前を呼んでいると、ふじ子が私のあとをずっとついてきて、心配そうに私をみつめていてくれたから、なんだかほのぼのとしたものだった。

「アズキ~」と呼んでいるのに、あとをついてくるふじ子がそのたびに返事をしてくる。
思わず笑ってしまい、あなたと違うのよ、と言ってしまうが、あいかわらずついてくる。

【並んでごはんを食べるようになった】

あたりが暗くなり、池のまわりにも闇が降りてきて、それでもアズキが出てこないときには、ふじ子がぽっちゃりボディで私の脚のあたりにスリスリしてくるのだった。
あったかくて、かわいくて、けなげで、私の心もしだいにおちついていった。

今、そのときのふじ子の姿が浮かんできて、どうしようもなく不憫で、もっとかわいがってやればよかったという後悔が満ちてくる。

猫の会の立ち上げを市役所の協力や話し合いを経てどうにか成しとげることができ、順調にいっていたのだが、意見の違いがあって私は会を離れた。
それでも、個人的に猫たちのもとへは通っていた。

けれど、他の人が餌やりをしてくれるようになったこともあって、なんとなく遠慮がちになり、毎日だったのが週に二回か三回になり、ふじ子との距離ができてしまった。

ふじ子は会うと、あいかわらず剽軽で、スリスリもしてくれたが、どことなく前ほどの近しさにはならなかった。

【ごはんを待ちきれないふじ子】

ごめんな、ふじ子。
人間の都合なんて、猫には関係ないのにな。

その原則を人間は忘れちまうんだよな、ときどき。
きみの剽軽さには本当に救われたし、世話になりっぱなしだったね。

アズキ先輩から挨拶を教えてもらったのだから、あっちの世界に逝っても、ふじ子はもう、みんなともうまくやれるよな。

でももしかしたら、また、ひょこっと顔見せてくれるかもしれないよね。
ねえ、おばさんたら、相変わらずそそっかしくて困るよって。

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