~秋風に風鈴が鳴ってるよ~ まる子
おしゃれの秋に向かって、まる子のダイエットも進行中? 200グラム減ったそうだ。
里親さんの話だと、これは、大きなぬいぐるみに驚いた顔。ぬいぐるみの類いには、まる子、とても臆病だそうだ。なにかトラウマでもあるのかもしれない。
チビは、またまた自分の居場所を離れ、人の手の届かないところへ。まあ、雷や雨をしのぐにはちょうどいいところだけど、こっちは大変なんだよ、チビ。
不純な天気に悩まされたこの夏も終わりに近づき、初めて別々の夏をすごした二匹にも、それぞれに秋の気配。
そして自分も、秋の気配を探しに、ひさしぶりに剽月亭へ行ってみた。なんとなく静かな気分に浸りたくなったときには、このあたりに行く。途中の、毎年コスモスがいっぱい咲く場所には、ちょうど種が蒔かれたところだそうだ。今年も咲くのが楽しみだ。
剽月亭の名前の由来は、その名のとおり、瓢箪と月。瓢箪の印があちこちに記されている茶の席から、山にのぼる月をめでる、という意味で、瓢月なのだという。玄関へと続く石畳の上には、たくさんの風鈴が下げられていて、かすかな秋の風に澄んだ音を響かせていた。以前には、上皇様と上皇后様もお見えになられたそうで、当時の写真も飾ってある。
障子にも、それぞれ、月がのぼるところから沈むところまでが細工されていて、なんとも粋なつくり。
池には、金色と銀色の鯉。なにか縁起がよさそうだなあと思いながら眺めていると、かすかな風に乗って聞こえてくるのが風鈴の音だ。
その音に耳をすましているうちに、ふっと、風鈴にまつわる忘れられない情景を思いだした。
それは、求人情報誌を出版する大手の会社に通っていた時期のことで、部署は校閲課。求人誌だから給料の額や条件、会社の地図など細かな部分が多いし、文字も小さい。なので、かなり神経を消耗した。おまけに、校正ミスの数や速度、こなした量などの成績が壁に貼られるのである。
そんな生活にあけくれていた時期、夏も終わりの季節、昼休みに通りを歩いていると、リヤカーに風鈴をいっぱいぶらさげた男がちりちりと風鈴の音を響かせながら、売り歩いているのが眼に入った。
へとへとになっていた心に、その心地よい風鈴の音が入ってきた。あの人はどうして、こんな秋風が吹く季節に風鈴を売り歩いているんだろうと、不思議な思いに駆られながらしばらく眺めていたが、誰も買う人はいない。
その夜、家に帰ってからも、その風鈴の音は耳の奥で鳴っていた。あの風鈴売りの人は、きっと、ビルの谷間に取り残された古い住まいで、たくさんの風鈴の下がったリヤカーを見ながら、一人、酒を飲んでいるんだろうな、などと想像してみた。
オフィスビルが並ぶ通りにあったものはどれも忘れてしまったけれど、季節外れの、風鈴をいっぱいぶらさげたリヤカーのことは、なぜだか忘れることができない。秋風に鳴る風鈴をみるときまって思いだす情景なのだ。