ひさしぶりに、旧友の真知子さんから電話がかかってきた。
「ちょっと聞いてほしい話があってな、それで電話したのよ。今時、電話で話せる相手なんてそういないから」
「なんかあった?」
「うん、こないだ、定期的にみてもらってる医者にな、いやなこと言われて落ち込んでるのよ。あなたみたいな高齢者はもうこれからの残りの時間は、のんびり穏やかに暮らしなさいって。へたに運動なんかしてたら、骨折してさ、寝たきりになってしまうからだってさ」

「のんびり、穏やかにね~。なんだか、余命でも宣告されてるみたいな言い方だね」
「そうなのよ、べつに私、検査の結果だって、特に悪いことなかったのに、そんなこと言われてしまって。なんだか生きる気力をそがれてしまったようでさ、腹がたってね」
真知子さんのいうことはもっともだ。それで私も勢いづいて・・・。
「医者の言うこと全部聞いてたら、早死にしてしまうってよ。年寄りはおとなしくしてろみたいな。そりゃあさあ、若い人たちの邪魔してな、いつまでもえばってるおじいさんもいてはるけどね、わたしら、そんなんと違うしな」と答え、話を続けた。
「そういうのね、トシだから○○するなとか、トシだからおとなしくしてろとかって、そういうの、エイジズムって言うんだって。このごろネットで目にする言葉だけどね、私も髪を染めるのをやめたとき、よく感じたわよ。急におばあさん扱いされちゃって。人間見た目が勝負だからしかたないといえばそうだけれどね。年を取ることって、まるで罪みたいじゃない、この国では」

すると真知子さん、「そうそう、年金とかさあ、年寄りが多いからって大変なのはわかるけど、私たちだってちゃんと若い時には払ってたんだし。人数が多いのだって私たちの責任じゃないし。あの頃の日本は「生めよふやせよ」のスローガンだったわけだからねえ」と、と喋りながら、ときどき溜息をつく。
真知子さんも私と同じ団塊の世代だ。
「24時間戦えますかって感じで、寝る間も惜しんで働いて国を支えてきた世代なのにさ、年をとったら、今度は邪魔者扱い。やってらんないよね」
真知子さんが電話の向こうで、なにやらドンとテーブルを叩くような音を立てた。

それはそうだと私もうなづいて、「でもあの頃はパワハラ、モラハラ、セクハラ、おじさんたち、やりたいほうだいだったよね。今はそういうのはちゃんと問題にされてるのに、心がすさんでるし、ありがとうの気持も忘れがち。なんか暗いんだよね」
思わず、私も溜息が出た。
すると真知子さん、「そうそう、高額医療費負担も限度額が上がるって話だしさ、貧乏人は死ねって話よ。でも、医者に言われたせいか、私ね、逆にね、猛然とやる気が出てきたみたい。やっぱ医者の言うことなんか気にしないでテニス続けるわ」と言う。
真知子さんは、もう30年もテニスを続けている。
わりとぼんやり暮らしている私よりも、ずっと健康的だ。
そんな私も、好奇心だけは負けてないけれど。
「ねえ、真知子さん、私もね、このごろ、ちょっと楽しいことがあってね。ギターとかキーボードとか、ほら、太鼓とか、いろいろ掻き鳴らすバンドと一緒に歌を歌う会に入ったのよ」
私は先日、知人に誘われその会に参加したことを話した。

「へえっ、意外。一人で本ばっか読んでるイメージのあなたがねえ、まあっ、それを聞いてなんだかほっとしたよ。白髪ぼうぼうで本を抱えたまま孤独死してたらどうすんのかなあと気になってたんだ」
「意外でしょ。自由参加だからね、なんにも縛りなし。それが気に入ったのよ」
そうして、真知子さん、「まあ、お互いに今を楽しくする工夫をしていくさね。おとなしくちんまりして、それこそ、残りの人生だの金だのってさ、いくら数えてたってふえるわけじゃあなし。あっ、ごめん、スマホの充電が残り少なくなってしまったわ」と言って、いきなり電話を切った。
あいかわらずせわしない人だが、話をしているうちに、お互いに元気が出てきたようで。
さあて、私は今日は髪を切りに行こうかなっと。
こんなイメージでお願いします、とネットからとりだしたモデルの写真を見せたら、美容師さんはいったいどんな顔をするのかなあ・・・。
あのう、年齢的に無理なんですけどって、断わられるかもしれないね。
