ずっと雨が続いていたが、それでもきのうはちょっとだけ晴れ間がのぞき、濡れていた石の上も乾いて、チビはごはんをたくさん食べて、ころりころりと気持ちよさそうに横になる。
そして、鯛を枕に夢うつつ。
まる子の里親さんは、猫と遊んでやるのがとても上手。チビの好きな魚のオモチャをいつもリュックに入れている。出してやると、チビはさっそく喜んで遊びだす。
頬ずりしたり舐めたり、まるで、いとおしいものを愛でているように・・・。
チビは、優しくておとなしい性格だ。それでいて、野生的なところもあわせもつ。いったいどっちが本当なの? と思うが、きっとどっちも本当なんだろう。もしも、こんなんが人間の男だったら、なんとまあ魅力的な男だろうと思うのだが・・・。
ちょっと待てよ、なんとなくそんなやつに出会ったような気がするが、とつらつら思いだしてみるに、そういいえば中学の同級生にそんな人がいたような、と記憶をたぐってみる。雰囲気が少し祖父に似ていた気もしてくる。
これは祖父の若い頃の写真。荒くれで酒に強く、そのわりには情があって、まわりの人には優しかったようだ。しかも洒落っ気があって、周囲の娘たちにも人気があったという。孫の私のこともずいぶんとかわいがってくれた。小学校で辛いめにあって帰っても、祖父は優しい声をかけてくれ、ポケットからあめ玉をだしては、ほら、と笑いながら出してくれた。
馬に蹴られたとかで、片方の頬が少し窪んでいて、笑うと口がゆがんだ。それが逆に喧嘩のときには迫力になったらしい。昔、南部藩といわれた土地は優秀な馬の産地。祖父は家の仕事のほかに馬の売買にも関わっていて、馬の市で、馬の良否を見分けるのが巧みだったらしい。家にはよく馬仲間やら飲み仲間が集まってきて、夜遅くまで賑やかだった。
雪が融け、リンゴの花が咲く季節になると、祖父は屋号を染め抜いた半纏を着て、仲間たちとよく馬市にでかけて行った。
その祖父に雰囲気がちょっと似ている少年と中学で同じクラスになったときに、私はその少年のことが気になってしかたがなかった。けれどもその少年は、クラスの女子たちから、あいつは怒ると怖いから気をつけた方がいいとか、妙な噂があるとかといわれていて、あまり評判がよくなかった。実際、彼が怒りにまかせて、教室の机や椅子を蹴飛ばしている場面にでくわしたことがあった。
席替えでその少年と席が隣どうしになり、言葉をかわすようになったある日、テストがあって、前から順にテスト用紙が回ってきたのだが、一番後ろだった私の机には回ってこない。どうやら一枚たりなかったようで、もたもたしているうちにテストが始まってしまったことがあった。
すると、その少年は自分のをさっと私の机に置いて立ち上がり、先生のところに行き、用紙をもらってきた。そして、席に戻るとき、私のほうをちらっとみて笑顔を向け、平然とした顔でテスト用紙に向かったのである。
なぜだか誰にも話せなかったその記憶は、今でも鮮烈に残っていて、思いだすと、そういえばあの人、なんだかじいちゃんに気質も似ていたなあとも思うのだ。
男気などという言葉は、今はもう死語だろう。男だ女だと、区別するのもどうかと思うのだが、やはり、男気という言葉には魅力を感じる。じいちゃんと憧れていたその少年に共通しているのは、男気かなあ・・・と。
そして、猫のチビにもそれを感じるのは飛躍しすぎかもしれないけれど、まる子がいたころのチビは、いつもまる子を優先していたもので、そのくせ、走る姿は野を駆ける獣のようで、ハンターするのもうまい。
人気者のまる子の陰に隠れて地味な存在だったチビ。今はだいぶ落ち着き、自分のペースでゆったりと過ごしているようにみえる。けれど、やはり、チビ一匹を残して帰るのは、かなり辛い。