おいらのそばにある大きな石に、坂道を登ってきた人々は腰をおろし、空を見上げる。
そうして、なにかつぶやいて、また歩き出す。
おいらはずっとそうやって長いこと、そばにくるものたちの言葉を聞いて暮らしてきた。
ただ立っているだけなのだが、それでもこうして、少しばかり誰かのためになっているんだ。
誰かの哀しみに寄り添うこと。
それがおいらの、ひそやかな生きがいだった。
けれど、ある日の夕暮れどき、もう暗くなりかけていたとき、まだ若い夫婦がやってきて、おいらのそばに猫を置いて去って行った。
かわいげな顔をした猫だった。
置き去りにされた猫は、鳴き疲れるまで鳴いたあと、おいらの下で眠りについた。
まもなく猫は5匹の子猫を産み落としたが、カラスに持ち去られなかったのは一匹だけ。
ろくな餌もないのに、二匹はまるできょうだいのように遊びころげていた。
せめて、おいらは猫たちのために風をさえぎり、日陰をつくった。
やがて、わけありげな男女が二匹のために毎日のぼってくるようになり、餌を運んでくるようになったので、おいらはようやくほっとした。
それからというもの、石のまわりには猫を囲む人々がやってきては、楽しそうな輪ができた。
おいらの毎日は、もう誰かの哀しみに寄り添うことではなく、一緒に楽しむことに変わったのだ。
そんな楽しい日々は初めてのことで、その暮らしはずっとずっと続くように思えた。
けれども、5年を数えるころに猫たちはどこかへ引き取られ、楽しい団欒は消えてしまった。
おいらは寂しくてたまらなかった。
こんなふうになるんなら、いっそのこと、楽しいことなんてなければよかったんだ。
そして、ある日ふっと気づくと、おいらにはもう、春になっても新しい芽を出す力がなくなっていたんだ。
あれっ、いつのまに、おいらはこんなにも年を取ってしまったんだろう。
すると、昨日、男たちがやってきておいらのことを切る相談をし始めた。
日が当たっているのに、さあっと寒い風が葉っぱのないおいらの体を通り抜けて行った。
おいらにはもう時間がないが、今になって気づいたことがある。
あの楽しかった日々は、神様がおいらに贈り物をしてくれてたんだって。