思いは伝わる。

           写真 よっちゃん

よく、物事は念じていれば伝わるとか、思っていれば叶うとか言われるが、そういう言葉にはちょっと疑問を持っていた。
そんな簡単に言わないでよ、それだけで通じるんなら、誰も苦労しないでしょ、とそんなふうに思うことがあった。

【思いを叶えるように咲く大輪のクレマチス 紫さんの庭から】 

でも、このごろ、いろんなツイッターの投稿をみていて、うん? と思うようになり、いろんな人のいろんな呟きを文字や写真で見ていると、それぞれの暮しが垣間見えてきて惹きつけられ、思うこと、信じることの力を感じることが多くなった。

ある人は妻の介護の暮しを綴っている。
仕事をしながら、老いた身には辛い介護の暮しだけれど、それでも日々の空の美しさや身近な花の美しさなどに癒されながらの毎日、誰にともなく話を聞いてもらう感じの言葉には気持が寄り添っていく。
明日は我が身かもしれないと思いながら。

【古墳の丘へと続く坂道には野イチゴがぽつぽつ】

またある人は、絶望のどん底で出会った猫との触れ合いを書いて、人気を呼んでいる。
以前にこのブログで、「歌舞伎町猫たにゃと公園猫の姫のこと」というタイトルで紹介したツイッター。
そのときにはフォロワーが一月で100人を超えたということで、その人は驚いていたが、あれからそれほどたっていないというのに、ついに1000人を超える勢い。

その人の言葉は、読む人の気持を惹きつける。そしてなによりも面白い。
たにゃ、という猫と自分の立ち位置を同格にしているところがいいのかなと思うのです。
普通は、自分も含めて「野良猫はかわいそうだ」という立ち位置で見る人が多いのに、そういうところがあまりない。

【アズキバアバ、もう眠たいんだからさあ、寝かしてよ~。】

でも人気が出てくると必ず出てくるのが批判めいたツイッター。
けれどその人は、「いろんな考えがあっておもしろいよね」という。

そうなんだ。そういう視点でみると、世の中はだいぶ違ってみえるんだよな、とあらためて教えられた。
起きたこと、誰かに言われたことを、善悪や、悲喜という枠の中に押し込んでいく生き方は、ちっとも面白くないよねと。
ああ、もっと面白がって生きてきたなら、どんだけ楽しかったことかと、かなり損をしちゃった気分。

【アズキに負けず劣らずブサカワのモミジ】

なんでも面白いと受け取るようにしていれば、みせかけの正義や建前はまやかしにみえてくる。
楽しければ、通じることもふえてくるし。

ツイッターで、迷い犬や迷い猫などの拡散を願う記事をみて、気にしていると、そのうちに、みつかったようという知らせがあって、うれしそうな飼い主の声に、よかったねという言葉が返ってくる。
気持を楽うにしていればいいんだようと、誰彼なしに声をかけてくるつぶやきも、くたびれているときには心に沁みる。
気持を楽にできない人にも、楽にしすぎてだらけている人にも、さまざまなニュアンスで言葉は届く。

【蓮華寺池公園はその名のとおり、そろそろ蓮の花に覆われていくころ】

そんなことを考えているかたわらで、今日のミーナは空き袋で遊んでます。面白いやつが隣りにいると、さらに面白くなります。

【ミーナ、シツポだけ出てるよ~。】

 

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