最近、古墳の丘からの帰り道は、恋人の小径を歩くようにしている。梅が日ごとに花の数をふやし、山桜もほんの少しずつ花をつけているから。同じ道でも日ごとに違う。たとえば、恋人たちが毎日会わずにはいられないように、毎日見たくなるんです。
恋人の小径という名前は、私が勝手につけたもの。というのも、この道を歩くとほとんど人に会うこともないから、なんとなく、恋人たちが歩くにはいいんじゃないかな、と思うからだ。
それにあまり人に会わないからマスクをつけなくてもすむし、細い道ばかりで、なにか、ミステリアスな気分にもなれる。こんなところを夕方に一人で歩いていると、ミステリードラマだと、きっと妙な人が出てくるだろうな、なんて考えながら歩く。
今日は、一番先に咲いた梅が燃え立つように空に向かって花を開いていた。
今、蓮華寺池は水の入れ替え作業だとかで、水が抜かれてひどいありさまになっている。干潟が乾いてきて、今日は作業の点検をする人が歩いていた。
たくさんいた鳥たちも数が減り、いつもの池とは様変わり。干上がった池の底を歩く鳥たちはここぞとばかり餌を漁っていた。池に水が戻るのは、まだだいぶ先のようで、魚たちのことが心配だ。
一部には水が残っているが、それもどんどん少なくなってしまった。そのせいか、昨年はよくみかけたカワセミも、今年は見ない。
カワセミさん、水が戻ったらきっとまたきてね。
そして今日は、蓮華寺池公園に行く前に大切なことをすませた。野良猫を増やさないための運動の一つとしての署名が集まったということで、会を主宰する方と一緒に市役所の生活環境課との話しあいに臨んだ。
生活環境課の担当の人に、会としての考えを聞いて頂き、陳情の趣旨を伝えたのだが、反応は・・・。
もちろん、初めからうまくいくわけはないのだが、果たして思いが伝わったのかどうか、いいお返事を待ちたい。