マルベリーとあの子

ツイッターの、「桑の実がマルベリーだということを知ってましたか?」という記事を読んで、あっと思ったのです。
知っていたような、知らなかったような・・・。
そして、マルベリーから始まる哀しい記憶も思いだしました。

小学生のときに絵具の忘れ物をし、先生に家まで取りに行ってこいと言われ、駆け足で家へと向かう途中、道端に桑の実がたわわに実っているのを眼にしました。

それでちょっとだけと思って、桑の木に登って実を食べ始めたのですが、ちょっとだけのはずが、もう少しもうちょっと、となって時間が経つのを忘れてしまったのです。

あっ、いけないと気づいた時には、だいぶ時間が過ぎていたのでしょう。
慌てて走って家に戻ると、畑にいるはずの母がめずらしく家にいて、私を見たとたんに怒鳴りだしたのです。

私は忘れ物の多い子でしたので、またかと母は怒っているのだろうと思ったのですが、そうではなく、忘れ物のことよりも、数日前におろしたばかりのスカートを汚したことが腹だたしかったようです。

母に言われるまで気づかなかったのですが、スカートを見ると、桑の実の汁がべったりついているのでした。
「ほら、口まで真っ青だ」と言われて鏡をみると、確かに舌も唇も青く染まっているのです。

母が違うズボンを出してくれたので、それに穿き替えたのはいいのですが、唇や舌はどうにもならず、そのまままた学校へと戻ると、図工の時間はとっくに終わっていて、つぎの時間になっていました。

先生は私がとんでもなく遅くに戻ったので、廊下に出て立っていろと叱りました。
言われるままに、ずっと立っていたのですが、窓の外に視線をやると、外にはいつも一人で遊んでいる子がいました。

その子は知能に障害があって、授業についていけないので、教室から出て一人で遊んでいたのです。
窓の外のその子に手を振ると、近づいてきたその子は、にこにこしながらこっちにきて一緒に遊ぼうと言うのです。

でも、私はこれ以上叱られるのはいやなので、だめ、と言うと、その子はうなだれてすごすごと戻り、なにかつぶやきながらまた一人で遊び始めました。

しゃがんで、地面に絵を描いていたその子の背中がさびしげで、一緒に遊ぼうと言われたのに、先生が怖くて断わったことがとても気になり、ごめんなさいと心の中でつぶやいていました。

そしてその子はまもなく学校にはこなくなり、しばらくして亡くなったということを知りました。


その日の朝礼で、先生は、「○○さんは破傷風で亡くなりました」とみんなに伝えました。
遊ぼうとあの子が言ったのに断わったあの時のことを思いだし、しばらく私はそのことばかり考えていました。

桑の実が実る季節になると、今でもときどき、校庭の隅にひとりしゃがんでなにか描いているあの子の姿が浮かんでくるのです。

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