寝室のカーテンをあけると、まぶしいほどの朝日。
二階の窓をあけたとたん、待ち構えていたミーナが飛び出して、いつものようにベランダのフェンスの上を行ったりきたり。
ミーナの元気を見習って、私も外に飛び出して、古墳の丘へと富士を映しにでかけた。
チビとまる子の餌やりに、毎日、古墳の丘へと登っていた頃は、石の上でくつろぐ二匹を囲んで人の輪ができ、笑い声があがり、石のまわりは賑やかな空気に満ちていた。
でも、二匹にそれぞれ里親がみつかって久しい今は、人の声もなく、風が吹き抜けていく。
チビとまる子に会いたくて、杖をつきながら、長い坂道を登ってきていたおばあさんもおじいさんも、張り合いがなくなったと言ってこなくなった。
二匹が追っかけっこして遊んでいた茶畑も、今は耕作放棄されて荒れ果ててしまい、すっかり様変わりした。
澄んだ空に、きっぱりと稜線を描く遠くの富士を見ながら、ちょっとしんみりしていると、しだいに、明るい声が近づいてくる。
年配の男女二人ずつのグループは、あづま屋のところにやってきて、菓子やら飲み物やらを広げだした。
一人で座っていた私は、なんとなく押し出されるようにして立ち上がった。
すると、中の一人が、「ここ、とってもいいとこですね」と、話しかけてきた。
てっきり、散歩を楽しむグループだろうと思っていたものだから、「ここの土地の人ではないのですか?」と訊いてみた。
すると、浜松からきたのだと答える。
「月に一回、この四人でどっかに行くことにしてるもんでね」と、また一人の男性が言う。
「ここのほかにいい所あったら、教えてください」と、優し気な顔の女性。
それならばと、私は、玉露の里なんかいいんじゃないかと勧めてみる。
「あそこの瓢月亭は、とても風情があるところですよ」
そう言って私は先に失礼して、梅林がある小径の方角へ向かい、カメラを向けていると彼らも坂道を降りてくる。
そこでまた話が始まり、彼らの関係を知る。
「ぼくたち、中学校の同級生なんですよ」
「そうなの。月に一度は少しばかり遠出をして、年に一度は一泊の旅行にでかけるんですよ」
てっきり、二組の年配の御夫婦だとばかり思っていた私は、ふっと、それぞれの配偶者はどうしているのだろうと思ったが、そんなことはどうでもいいことのような気がしてくるほど、彼ら四人は和やかでいい雰囲気。
そのまま、蓮華寺池へと降りて行く道を一緒に歩いて、たがいに年齢や出身地の話になり、私を含めて、同じような年代だということを知り、さらに盛り上がった。
そうして、お年寄り猫のアズキバアバのいるあたりで別れた。
別れぎわに男性が振り返り、「つぎは藤の花が咲くころにくるね。そのとき、もしもまた会えたら、合言葉は藤だよ。そっちはなに?」と笑う。
「それじゃあ、蓮華寺だから、ハスにしましょう」と私。
彼らの楽し気な後ろ姿を見送っていると、それぞれに配偶者がいたとしても、別にいいんじゃないのかなという気もしてきた。
枠に縛られなければ、人生にはいろんな楽しみかたがあるんだってことだね。
本当に藤の季節にまた会えたなら、それは奇跡中の奇跡だ。