日本平動物園のキリン、サクラとダイアのペアーは、みていて楽しいカップルだった。とても仲がいいのだ。ときおり長い首を寄せ合って、ほおずりをしていた。
そのサクラが、先日、難産のために死んでしまったというニュースを聞いて驚き、心が痛んだ。サクラは、2日がかりの難産で疲れ切って倒れ、そのまま・・・。体内で赤ちゃんキリンも死んでいたのだそうだ。首がまがってお腹にひっかかったままだったそうだ。サクラは、どんなに苦しかったろうか。
サクラとダイヤのペアーは、ほほえましかった。2020年の一月に行ったときも、長い首をときおり振りながら、のんびりと二頭で歩いていた。近づいてくるその顔のまつげがなんともかわいくて、手を伸ばして触れてみたい衝動に駆られたものだ。
サクラの難産の話を聞いて、やはり重かった自分の出産のことをつい思いだしてしまった。はるか昔の記憶をたぐってみると、あのときの自分も時間がかかったせいか、しまいにはついに激しい痛みも感じなくなり、意識がふっと遠のいていく感覚に陥った。
窓のブラインド越しに、隣りの棟がみえ、窓の一つにパジャマ姿の人がみえた。誰かに手を振っていた。きっと面会にきた人に手を振っているんだなあと考えているうちに、眠くなってきた。
それから、まわりが慌ただしくなったのは覚えているが、そのあとのことはあまり記憶にない。気がつくと、移動式のベッドの上でぐるぐる巻きにされていた。驚いて声をあげると、看護師がやってきて、動くと出血がひどくなるから、しばらくこのままでと言った。窓のブラインドの外はすでに暗くなって、街頭の明りが縞の模様になって漏れていた。
夜もふけて、ベッドに乗ったまま病室に戻ると、赤ん坊を抱いた看護師がやってきて、まつげの長い赤子をみせてくれた。これが、我が子? まつげが長いのは、きっと夫の遺伝かなあと思いながら、しみじみ眺めていると、隣りのベッドの人が、「あんたのこと、みんなして、きっとどうかなったんじゃないかって言ってたのよ。だから、戻ってきたのをみてびっくりしてるのよ」と、言って笑いかけてきた。
4人部屋の向かいのベッドの人も、「運ばれて行く前のあんたの苦しみようはさ、普通じゃなかったし。それに、全然病室に戻ってこなかったからね」と言った。ほかのベッドの人たちはみんな経験済みの先輩ばかりで、あれこれとお産にまつわる話を教えてくれた。
ことはそれで終わらず、ようやく生んだというのに、我が子は看護師の手違いにより、ミルクを与えるのを忘れられて脱水症状になって熱を出してしまうというありさま。喜ばしいはずのことが、さんざんなできごととなってしまった。
日本平動物園のサクラの出産が無事に終わっていれば、いまごろはきっと赤ちゃんキリンとサクラとダイヤが一緒にいるのをみることができただろうにと、残念でならない。残されたダイアのことが気にかかる。せめてどうか、きっときっと、天国でサクラと赤ちゃんキリンが楽しく暮らせますようにと、願うほかない。
猛暑が続くなか、そんなことばかり考えていたせいか、気分も体調も下がる一方だったが、けさ眼が醒めてベッドでぼんやりしていると、三毛子が、「おはよう!」という感じでベッドのまわりをうろうろ。早く起きてよ、ごはんちょうだいよ、といっている。こんなときは、やはり猫の助けを借りるにかぎる。
三毛子、ごはんをしっかり食べたあとは、さっそく窓の外を見張る。猫がきたときには窓という窓に走りより、二階のベランダにまで駆け上り、その姿を追う。その様子をみていると気の毒になるが、それでも我慢をしてくれているようだ。なんていい子だ!