だいぶ前になるが、東京駅で知らない人から声をかけられ、「あら、〇〇さん」と呼び止められた。
見たこともない人だったので、「違います」というと、「ほら、あたしよ、〇〇じゃないの、どうしたのよ、知らんぷりで」
「いや、ほんとに違うんです」と言いながら先を急ごうとすると、追いかけてくる。
それで、私の名前は〇〇なんですけど」と言うと、半信半疑の顔をしながら、その人はようやく離れてくれた。
そのほかにも、〇〇さんよね、と言葉をかけられて困ったことが何度かある。
たしかに、自分はありふれた顔をしているし、体つきも中肉中背だし、まあ、どこにでもいるタイプ。
しかたないか、と諦めているが、単純な人違いならいいとしても、妙なことで間違えられるとかなり困る。
たとえば、他人から見られたら困るような場所などで見かけたと言われるときが一番困る。
あなた、あのとき、私を見て逃げたでしょ、などと言いがかりをつけられて、どう説明しても、なかなか信じてもらえないときもあった。本人が自分の眼を信じているから始末が悪い。
だから、外を歩くときには、あまり他人と視線をあわせないようにしているが、好奇心旺盛な性格が災いし、ついつい、いろんなところへ視線が行く。
でも、きょろきょろしているといいこともあって、今日なんか、それこそ、一見、まる子にそっくりな猫に会った。
今日のウォーキングは蓮華寺池公園ではなく、違うルートで歩くことにしたら、近くの学校の裏手のほうの道に出た。あたりには雑木林や田圃があり、なだらかな坂地には日の光があたり、風があたらないところはとても暖かかった。いつもとは違うところもいいではないかと思いながら階段を降りて行くと、まる子にそっくりな猫が出てきた。
まる子がこんなところにいるわけはなく、近づいて行くと、まる子のように人懐こくてスリスリと寄ってくる。その奥には、焦げ茶色の猫もいて、やはり寄ってくる。どうも餌をきちんともらっている様子の猫たちだ。
まる子似の猫がまるで案内をするように階段を上って行くのでついて行くと、看板が。やはりきちんと管理されている地域猫だと知り、ほっとした。
ちゃんと私を案内し終わって安心したのか、まる子似の猫は、丘の上にいたときのまる子と同じように、やはり木の根元で丸くなり、うつらうつら。餌をやる人たちにきっとかわいがられているんだね。
オリンピックも終わってしまい、祭りのあとはなんとのうさびしいものですが、二匹の猫たちの穏やかで人懐こい姿をみていたら、春の日差しの中、さびしさも和らいできたようでした。
まる子みたいな逆転猫生、たくさん生まれてほしい。