「もっと一緒にいたいけど、先に行くね」。
そんな言葉を残し、小走りで去って行った少年は、まだほんの6歳。
少年というより子供といった方がいいだろうけれど、そのおとなびた言葉に驚いた。
まだ小学生にもなつていないような小さな子がそんな気のきいたことをいうなんてこましゃくれてる、と思うなかれ、その子の言葉には独特の温かみがあったのだ。
その子と会ったのは、いつもの公園の池のまわりの遊歩道。
ちょっとけだるそうにして、くたびれた様子で歩いていたから、声をかけてみると、その子は歩きながらいろいろ話しだした。
公園に一緒にきた友達親子とはぐれてしまい、池のまわりを走って探していたが、お腹が痛くなったので歩いていること。
お友達とはサッカーのチームも一緒で、その友達はとても足が速いのだということ。
あなたも速いんでしょ?
並んで一緒に歩きながらそう訊ねると、その子は「ううん、ほくも速いほうだけど、カンくんには負けちゃうんだ」という。
「カンくんはね、なんでも速いんだ。さっきだって、ジャンボ滑り台でさあ、滑るときだって、カンくんは8秒で、ぼくは10秒もかかっちゃったんだ」
「あら、滑り台でも時間計るの?」
「うん、カンくんのお母さんが計ってくれた」
「走ってもさあ、僕の方が遅いんだ。さっきだって、池のまわりを走る競争してたんだけど、途中でぼくお腹が痛くなっちゃって、それで遅れちゃって、はぐれてしまったんだ」
それで、私はこう答えた。
「でもさあ、そのおかげで、私はあなたとこうして一緒に歩いてお話できたわけだから、私にとってはよかったな。楽しいな」
実際、私がめずらしく子供連れで歩いているのを見て、顔なじみの人たちは孫と一緒に歩いているのだろうと勘違いしたようで、私は私で、ふうん、孫と歩くということはこういうことなのかと思いながら、公園の出口へ向かって一緒に歩いた。
すると、その子は、「あっ、カンくんたちがあそこにいる」と歓声をあげて、遠くの芝生がある場所を歩く親子連れを指さし、私の顔を見た。
早く行かなくちゃ、とその顔は言っていた。
だから私は、「ねえ、早く行ってあげて。きっとあなたのことを探してるから」と声をかけると、その子は、「もっと一緒にいたいけど、先に行くね」といってかけだした。
男の子が置いていった言葉に、ぽっと心が温かくなった。
もっと一緒にいたいけど・・・。
そんな言葉をいわれたのは久しぶりで、しかも小さな子供にいわれたのは初めてのような気がした。
この春に小学生になるという男の子の言葉が、暮れていく池のほとりをほんのりと照らしてくれたように思えて、足取りが弾んだ。
いろんな花が咲き、いろんな人や猫たちに出会うこの場所が好きだなあと思いながら。