雷さんが走る。

このごろは夕方になると、天気が急変する。雷が鳴る。それでも家を出て車を走らせる。途中で前がみえなくなるほどの雨に、ドラッグストアの駐車場に車をいれて、少し待ってみる。でも、やまない。また走らせる。公園の駐車場に着く。やっぱりやまない。

公園の茶店の軒先で雨宿りしょうと思ったが、無理だった。

こんな日には無理をして行っても、チビは出てこないだろう。そう思っていったん引き返し、夕食の下ごしらえを手早くすませた。

そのうちしばらくすると、雨やんできたし・・・、雷も収まってきたし・・・。それでまたでかける。まる子がいたときには、無理をしてでも出かける理由があった。まる子は必ず待っていて、近づくと切ない声をあげながら、走り寄ってきた。まるで、助けを求めるように。

ずぶ濡れだったり、ハウスの中に入っていたり、木の下にいたりして。そんな姿が浮かんでくると、いてもたってもいられなかった。

行かなくちゃ、雨がひどかろうが嵐だろうが、あの子が心細げに待っているんだもの。その思いは天気などにかまっていられる状況ではなかった。雨のときには声が届かない。それでも、チビまる子の声は聞き分けられた。

なかよく相合い傘で食事

そんな思いで古墳の丘にたどり着いて、まる子とチビがいるのを確かめるとほっとして、我が身のことなど二の次だった。だが、そのうちにチビは、雨がひどいときには出てこなくなった。どこかに雨をしのぐ場所をみつけたのかもしれない。とりあえずはまる子を落ち着かせてから、チビを呼んで探し回るが、出てこないこともよくあった。

まる子は、今はもう雨や雷の心配をしなくてよくなったのに、雷が鳴ると、こんなふうに隠れるそうだ。古墳の丘での雷の恐怖の体験がそうさせているのだろうか。

まる子が里親さんに引き取られた今、チビはたった一匹で、この雷の音や大雨に耐えているんだろうな、あんな山のなかで。そう思うと、やっぱりいたたまれなくなって、でかけてしまう。

収まったかにみえた雷は、坂道の途中でまたひどくなり、それにつれて雨も激しくなった。雷の光と轟音に追い立てられるようにして丘の上まで行き、チビを呼んでみるが、やはり出てこない。しだいに雷雨が強くなるのをみて、諦めて帰ってくる途中、思った。

こんなときにチビを呼んで餌をあげたところで、かえって濡れてしまうよなあ、チビにとってはありがた迷惑な話、自分にとっても無駄なことで、なんとアホなことしてんやろなあ・・・と。けど、ある程度のアホやないと、こんなことでけへんやろし、とも思う。

「なあ、雷さん、派手に走っとるなあ・・・」
「そやな、えらい派手やな、今日は」
「こんなとこで二人で雷さんに打たれて死んでたら、どないなるやろ」

夫と二人、アホなことを喋りながら、早足で坂道を降りる。
「こんなことに、あんたまでつきあわして悪いなあ」
「雷に打たれて死んでもうたら、冗談きついわ。たかが猫のことでって、笑われるのがオチや」
「たかが猫、されど猫や」

雷怖さにそんなしょうもないことを喋りながら、ようやく池の淵までたどり着くと、なんとまあ、こんな天気に走っている人がいるではないか。それも、若い女性。いつもこの時間に走っていて、よくすれ違う人だ。髪の毛をポニーテールにし、それをキャップの後ろから垂らし、いつものように走っている。薄暗くなった中、雷の光に、一瞬、あたりが明るくなり、彼女の姿が浮かびあがる。

woman girl silhouette jogger
写真はイメージ    Pexels.com

その小さな顔と華奢な体をみかけるようになってから、もう一年くらいか。初めてみかけたときは、正直、気紛れに走っているんだろうと思っていた。走り方も速さも素人そのもので、いかにも効率の悪い走り方だった。

初めは、池のまわりを一周するのがやっとのようだった。それが今では二周か、三周するようになって、しかもスピードもぐんと速くなっている。その彼女が誰もいない池のまわりを雷の下で走っている。いつものように、左右に体を振りながら。まるで、雷さんと走っているようなものだ。

「すごいなあ、彼女」
「前は、あんなに遅かったのにな。走っとんのか、飛び跳ねとるんかわからんくらいやったのにな」
「かわいい顔してはるのに、度胸、あるなあ」
「若いからや」
「そやな、若いときには、雷、あんまり怖くなかったもんな。なんも怖くなかったな」

激しい雨と雷の轟音のなか駐車場にようやくたどり着いて車を走らせ、三毛子のことが気になってあわてて家に帰ると、三毛子は平然とした顔で玄関に出てきて、ねえ、お腹すいたんだけど早くしてよ、という顔。

そして、あげくのはては、こんなていたらく。

なんとおまえは呑気なのか。チビの辛さも知らず、雷さんの怖さに震えることもなく。

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