キャッチフレーズは、We have wings と書かれていた。パラリンピックの開会式の最後のほう、片翼だけの飛行機に扮した少女が、最後に飛べたシーンのあとに残されたフレーズである。
オリンピックの開会式もみたが、そちらはあまり好きにはなれなかった。どれもこれもばらばらに散らばっている感じで、統一がとれていなかったし、なによりも心を動かされるシーンがなかったからだ。だから、今回のパラリンピックの開会式もあまり期待を持たずになんとなく眺めていたのだが、途中から惹きつけられるものを感じて見入っていた。とくに最後の、片翼だけの飛行機に乗った少女のストーリーがよかった。
その少女が、受け狙いの、いかにも可愛いという感じではなく、普通の少女という印象が意外だった。けれど、その眼には強い意志の力を感じさせるものがあって、それがしだいにみるものを惹きつけていく。
演じたのは中学生の少女。両脚と片腕に障害を持っているのだという。はたして片翼だけで飛べるのかという恐怖心を押しやり、飛ぶぞ!と決心し、最後に力の限り車椅子を走らせる姿が感動的だった。
伊藤若冲の絵をデコレーションした派手なトラッ通称通称デコトラ)の中からは、ギタリストの布袋寅安が強烈なインパクトで登場し、彼の両側にもギタリスト。不自由な腕をカバーして、というよりは、それを感じさせないテクニックを駆使していた。彼らが放つ強烈なリズムはカッコイイの一言につき・・・。
各国の入場行進のプラカードを持つ人たちも、容姿やスタイルで選ばれたような感じではなく、身近な、すぐそこにいるというな人たち。
片翼だけの飛行機のイメージである人たちが、大活躍している開会式は、どこにでもある暮らしの延長のような、いわば普段着の開会式。きっちりと統率のとれた式よりも、リラックスしていていいなあと思えた夜だった。
そして、最後のあたりで出た、キャッチフレーズが、We have wings だ。
私たちみんな、翼を持っている。
そうなんだ、どんな人にも翼があるはずだ。片翼だけであっても、ボロボロであっても、もう一度、自分の翼を信じよう、というメッセージなんだろうなあ、と私は受け取った。古びた自分にも、まだ飛べる力が残っているのかもしれないと、ふっと感じた夜になった。
そうして、そんな夜には、大阪の友達が作って送ってくれたものをテーブルに並べて眺めてみるのもまた、楽しいのです。そっと触れてみると、彼女の手のぬくもりが伝わってくるのです。いい夜になりました。
猫のコースターは、一つ一つ、顔の表情もしっぽも違います。楽しげなチビの絵も添えてありました。
チビは、古墳の丘を駆け抜けるとき、まるで翼でもあるかのように走ります。このごろのチビは古墳の丘に戻り、ゆったりとしています。