*******山形にいたころ*******
ミステリアスなおじさんは、水路の管理者だった。
おじさんが歩くと、いつもジャランジャランと音がした。いろんな鍵を腰に下げているからだ。だから、通るとすぐにわかる。おじさんは白髪の短髪。くぼんだ眼つきが鋭い。小柄だけれど威圧感を放ち、声が大きい。猫たちはジャランの音がすると、あわてて物陰に隠れた。
水路の管理者というのは、責任が重いらしい。季節や天候に応じて水門をあけたりしめたりして、水量を調整するのだそうだ。この町にはいたるところ、血脈のように、水路が張り巡らされている。夏場の田畑のためだけでなく、冬場の雪の処理のために欠かせないのだ。だから、誰かが勝手にできないように、要所には頑丈な鍵がかかっている。
ジャランのおじさんは、黒猫をみては、こいつあ、だいじにしろよ、と言った。「黒猫のメスはめずらしいんだぞ。オスはけっこうおるけどな、きっと福猫になるぞう」
ミステリアスな迫力
おじさんは、私の家の前を通るときには、「いたかあい」と声をかけ、庭に入ってくる。そうして、少し世間話などしていくようになった。「おれよう、けっこうなワルだったけどよう、長のやつだって、若えころは、やんちゃグレだったぞ」などと、ウラ世界の話などもする。どこまでが本当でどこからがホラなのかはわからないが、面白い。
少し元気が出てきた私は、石ころと土だけの庭をなんとかすることにした。なにもない庭はあまりにさびしい。まるで自分の心をあらわしているみたいだった。
車庫の横も、石ころばかり。
まず一輪車を買ってきて、石を拾い、土やレンガを入れ、自力で庭づくりを始めることにした。畑も作ることにして、肥えた土を入れた。近所の人たちは、一輪車もろくに扱えず、ふらふらする私をみて笑ったが、以前に比べると、視線が和らいできた気もする。
猫たちは、私が庭でなにかしていると、覗いている。
夕陽を見る猫の背中もミステリアスだ。
君たちのためにがんばってるんだぞう、居心地のいい庭を造るからねえ、と、私はときどき声をかけるが、猫たちは、そんなの関係ないからさあ、早くご飯にしてくれよーという顔をした。