ユートピア

*******山形にいたころ*******

山形の紅葉はすばらしい。朝晩の気温の差が激しいことが、美しい紅葉を作るのだという。これは、蔵王の、お釜といわれるカルデラ湖。こんなふうにすっきりとその姿をみせてくれるのはめずらしい。何度もその姿をみたくて通ったが、そのたびに雲や霧に隠れて、みることはできなかった。そしてもうこれが最後だというときに、湖は私たちの前にあらわれてくれた。

真冬の水路に落ちて、あと数センチのところで、雪かきのスコップに届かなかったら確実に流されて死んでいたという現実。年を取れば取るほど、雪は手に負えなくなるという現実。それでもなかなか、すべてを手放す決心を固めるまでには時間がかかった。

それで、現実から目をそらすようにして、私たちは、休みがくるたびに、ぐるりと山に囲まれている町を離れ、風景の開けたところへと車を走らせた。そして気に入ったところで車を止め、コーヒーを淹れ、景色を楽しみながら飲んだ。その時間は、目をとじるとすぐに消えてしまうようにはかなげだが、華やいでもいた。そうだ、まだ老いぼれてなんかいられない!という気持になってくる。 

庄内の浜の夕日はこのうえなく美しい!

けれど、家に帰ると、現実。でも猫たちは帰りを待ちかねていて、プリンは私の足のまわりでヒョンヒョン飛び回り、マロンは、夫の後ろをついて歩く。待っていてくれる存在は、やはり心をなごませた。

ごはんをお待ちかね。待たされすぎて怒っている?

猫にとってここはユートピア。私たちにとってもユートピアになるはずだったんだけどなあ・・・と、また逡巡。

夫の勤務先の会社も揺れている様子だった。改革派のトップだった人が亡くなり、よそから引き抜かれてきた人たちは一人ずつ去って行き、そろそろ決断の時期が近づいていた。執着するよりも、前に出るっきゃないと、いう決断。失うものを数えるより、というか、残るものなんてないけれど、また新しいものを探しに行こうと、思うようになった。