長夜月

明日は、今年最後の満月。長夜月という。その名のとおり、長い夜の月。12月は、一年で一番夜が長い月、そしてたぶん一年で一番せわしない月。せめて夜くらいはのんびりと楽しみたいという願望が込められているのかもしれない。

丘へ続く坂道の途中、モミジの木から葉が落ちて地面一体に広がっていた。午前中に雨が降って、濡れ落ち葉に。濡れ落ち葉という言葉は、あまりいい意味では使われないが、これはきれいだった。

坂道で、最後に色づくモミジだ。色づく前に散ってしまう年もあるが、今年は見事に金色と赤とオレンジ色が混じって色彩豊か。濡れ落ち葉もこんなふうに最後は地面を彩って土に還っていくのをみると、悪い意味に使われるのは気の毒だなあと思う。

冬の長い夜は、どんなふうに過ごしましょうか。雪国に住んでいたときは、外に雪がずんずん降り積もる気配を感じながら夜を過ごしたものでした。ときどき、ザアーッと屋根の雪が滑り落ちる音がするほかは、ただただ静かで、雪の降る音をたしかに感じていたものでした。

そんな夜には、ミルクたっぷりのコーヒーを淹れて炬燵に足を入れる。そばでは二匹の猫たちが丸まっていて、その背中を撫でながら長い夜が過ぎていく。日中は雪掻きに追われてくたくたになっていても、そのぶん暖かい家の中で過ごす夜は楽しみだった。

で、ここ静岡は、なんと楽なことだろう。タイヤの取り替えも雪掻きもいらないのだから。きのうは思いもかけず、鬼滅の刃のまとめの放送がBSであったので、録画しておいて夜遅くまでみた。

やっぱり、我妻善逸はおもしろいなあ・・・。全体の流れも理解でき、個性豊かな柱たちの会議もあって、夜が短く感じられました。

きのうは富士にひさしぶりに雪があった。雪のない富士のまま、年を越したことはないと、もうずっとここに通っている人たちは口々に言っていたので、気にしていたのですが、きょうはまた、あらかた溶けてしまって、がっかり。

でも空には、明日は満月を迎える月が出ていて、毎日ここから眺める景色にひときわ明るい光を投げかけて、帰り道は懐中電灯もいらないくらいでした。

池のまわりのイルミネーションも輝いて、月は中空にあって、なんと贅沢な景色なんだろうと思いながら、あらためて眺めてしまいました。コロナで苦しむ人々にも、この月の光が届き、少しでも慰めの光となりますように。

お正月がくるので、めでたい松を一つ。公園に行く途中に大慶寺というお寺があるのですが、そこの庭の松。雄々しく空に伸びる松は、なんだか新しい年に明るさをもたらしてくれるような勢いにあふれていて、気持がいい。

新しいことといえば、三毛子をやっと抱けるようになったんです! 人間不信が激しい三毛子に、そんな日はこないだろうと諦め半分だったんですが・・・

まだ、かなり嫌がってますが、ブラッシングはだいじょうぶになりました。

なんと、9カ月かかりました! ゴロゴロと喉を鳴らして、気持ちよさそう。

諦めないでよかった。来年も仲良くいこうね。

それから、初めて気がついたんですが、鬼滅の刃に三毛猫が出てくるんです。珠代さん(鬼の成分が少し入っている人間。丹治郎の味方)の使いで。