虹が生まれた。

2月という月は、天気が荒れるのかもしれない。ちょうど1年前には、丘の上からみえる空に、竜巻のような雲が立ち上がっていた。まるで昇り龍のようだった。

そして今年は虹が生まれるのを見た。

初め、それは、うっすらとした明るさで生まれた。いつもなら富士山がみえるあたりの左のほうが、ぼうっとピンク色に染まった

なんだ、あれは、とみつめていると、それはやがて虹となって立ち上がった。

古墳の上に立ち、カメラを向けているおじさんと、そばで見守るまる子。かすかに虹もみえる。まる子はよく、おじさんのあとをついて歩くが、きまって一定の距離を保つ。つかず離れずのコンビだ。

虹が出る前、坂道をのぼっているときは、こんな天気だった。晴れているところと曇っているところが混在し、地上には光のまだら模様が描かれていた。

丘の上にのぼってしばらくしてから、虹はぼんやりとあらわれ、そうして立ち上がった。

虹をみつめているとパラパラと雨が降り出してきて、あたりは急に暗くなった。すると今度は、虹の反対側にも、うっすらとした虹がみえてきた。雨が本降りにならないうちにと、坂を急いでおり始めると、伸びていく虹が木の間からみえた。

左と右から立ち上がる虹は、ほんのひととき繋がって一つになり、すぐに消えてしまった。池のふちまで降りたころには、対岸に虹のなごりがかすかに残り、湖面が赤く染まっていた。

いつだったかな? 丘の上で一緒に虹を見た人が、「幸せになりますよ」と声をかけてくれたのは。お正月の初めのころだったような気がする。

とてもうれしかったが、考えてみると、辛いことはいろいろあるけれど、このごろは幸せとか不幸せとかあまり気にしなくなった。根拠がなくてもご機嫌でいれば、なんとなくご機嫌になってくる。

二匹揃っての箱座り。しっぽの収納まで同じ。

でもやっぱり、幸せという言葉はいい言葉だなあ。最近手作りに凝っていて、パンが焼きあがるときに漂う匂いは、幸せの匂いだ。そして、おいしいものができて食べるときには、やっぱり幸せ。なんだか食い意地だけが勝ってきたこのごろ。まる子のようにならなければいいが。