猫も花見してそうろう

春の陽気と桜に誘われて、池のほとりは人でいっぱい。丘の上に登ってくる人もふえた。とくにまる子はかわいいと言われては、子供に追いかけられたり、スマホ片手のおばさんたちにしつこくいじられたりして、あまりいいことがない。

それで、猫たちは隠れてしまう。安心できる人なら出てくるというわけで、そこらあたりは長年の経験でうまくやっているようだ。

【まる子の蔭に、チビもいます。】

午前中にきてくれる人から餌をもらったあとは、夕方になるまでどこかに潜んでいて、私たちが行くと出てくる。そうして、餌を食べたあと、そばにいてやるあいだは安心できるらしく、のんびりとくつろいでいる。

しばらくすると、まる子は古墳と古墳のあいだに私を誘い込もうとする。桜の木の近く、古墳の陰の目立たない場所で丸くなる。だからまる子の形に草がへこんでいる。

古墳の上に登るときは、あたりを見回したいときや薬を塗られるのをいやがるとき。追いかけてもなかなか捕まらない。そんなときには深追いせずに、向こうから近寄ってくるのを辛抱強く待つことにする。

というわけで、たいてい薄暗くなってから帰ることになる。それで桜も、日暮れ時のほの白く浮かぶような桜になっている。

桜にはやはり澄んだ空が似合う。けれども、夕暮れの桜もまたいい。妖しさが漂い、ふっと迷い道に誘われるような、足が地から浮くような、そんな気分にちょっと酔いしれてみる。

そして、ほぼ満月に近いおぼろ月が、ちょうどいいあんばいに出てきてくれました。

自分にとって桜の季節は、どういうわけか辛い事が多かった。桜などみる気分になれないのに、この季節はどこもかしこも桜だらけだから、眼をそむけて歩いていた。

何かが劇的に変わったわけではないが、それでも考え方が少しずつ上向いてきて、去年あたりから、ようやく桜はやっぱりきれいだなあと思えるようになってきた。チビまる子のことでは、なにかと力になってくれる人たちもあらわれて、ありがとう、と月をみあげてそっと声に出してみた。

下に降りるころには、池のほとりのぼんぼりがともっている。ヒジキが死に、残されたアズキが心配で立ち寄ってみると、ニャアと鳴いて甘えた声を出して近寄ってきた。ヒジキがいるときにはあまりなかったことで、やっぱり、さびしいんだろうな。

でも、アズキの近くをうろうろしているトラ猫がいたので。餌やりボランティアの人に訊ねると、ヒジキがいなくなったあと、アズキと友達になりたいようだという。アズキはもてるのかな。餌は食べているそうだ。なによりも元気でいてほしい。

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