雨宿り

ようやく梅雨があけた。朝起きて雨戸をあけるとき、日の光が庭の緑を照らしているのをみると、それだけでしあわせな気分になる。こんなに日の光が恋しかったことはなかったような気がする。

桔梗。花の命は短い。花言葉は気品

けれど、そう思うのもつかのま、夕方になると、雨が降り出す。まだまだ天気は不安定だ。あいかわらず傘と雨ガッパは手放せない。リュックに餌やらカッパやら、まる子の薬やらを詰め込んで背負っていく。

途中で誰かに会うと、おたがい、ニヤッと笑う。よくまあ、こんな雨の中を、もの好きだよねえと、たぶん、おたがいに思うことは同じ。

いつものように上まで行くと、まる子はいつものところで雨宿り。

おお、こんな石の隙間にまた入ってるんかい? 

枝を広げる大きな樫の木の下、敷いてあるブロックの下にわずかな隙間があって、まる子はそこにいつも雨宿り。枝を広げた木と石の隙間で二重に雨をしのぐことができるからだ。

雷も鳴ってきて、雷が鳴ると出てこないチビは、しばらく出てこなかった。こんな日は、気持がチビまる子に残ったままで、帰りの足も重くなる。道端にあるモジャモジャの花は今年も咲いていて、相変わらず狂ったようなモジャモジャぶり。調べてみると、どうもカラスウリの花のようだ。

ときどき、私の頭の中もこんなふうにもじゃもじゃになってしまい、なかなかほぐれないことがある。そのせいか、親しみを感じるのだ。去年初めてみて、咲き始めの清楚な感じから一変するその姿に驚いた。

咲き始めるころはこんなふう。

丘の上の楠の木や樫の木のようなどっしりとした大木もいいが、ジャカランダのように南国っぽい木もいい。葉の形が好きだ。成長すると紫のラッパ状の花をつけるそうだが、公園のこの木に花がついたのは、まだ見たことがない。

あがりそうであがらない雨は夜まで降り続いた。どうか明日はまたお日様に恵まれますように。公園の、太った猫もやせ細った猫も、老いた猫も若い猫も、みんな、あしたは元気な顔をみせてくれますように。

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