猫の10年、人の10年

*******山形にいたころ*******

いよいよ山形を引き上げることを決めた私たち。つらいのは、形あるものを手放すことだけではなく、なにも知らない土地で、親しくしてくれた人たちと別れることだった。

けれども、つぎに引っ越すことになった大阪という土地は、なんだかとても面白そうなところのようで、京都や奈良にも近い。神社仏閣が好きな私は、一方でわくわくもしていた。まず初めに、阿修羅の像を見に行くと、決めていた。

なにも知らない猫たち。それでも、様子が変だというのは感じているらしく、私が荷物を入れた段ボールを積み上げていると、大声を出して抗議した。やめてくれと言っているようだった。10年前の初秋、暗くなった道を二匹してけなげに歩いていた子猫たちも、もう立派なオバンとオジンになっていた。

猫の10年 その1

ほんとに小さい体のプリンだった。

猫はゴミ箱が大好き。

 

 

 

 

そして、屋根裏も大好きで、屋根裏の扉をあけると、よくそこに入り込んで寝ていた。外に出てもいないのに姿がみえない時は、たいていそこにある古い布団などの上で寝ていた。

階段を初めて昇ったのは、黒猫のプリンのほう。いつでも先に挑戦するのは、メスで、体の小さなプリンのほうだった。二階のベランダの狭い手すりの上を走り回ったのもプリンの方が先。プリンは、遊びをみつける天才だった。
二匹は、こうして、いつも遊んでいた。
マロンは、甘えん坊で、よく膝の上で寝てしまった。
よくみると、プリンもいるんだけど、黒いから目立たない。
ゴミ箱が好きなプリンが先に入っていると、マロンはすぐにそこに入って、おかげで、ギュウギュウになった。
初めてのドライブ。機嫌が悪い。以前に住んでいた横浜から友達がきたので、迎えに行くときに乗せて行った。

二匹は、車に乗るのを極端にいやがった。きっと、捨てられるとき、車に乗せられていたのだろう。病院に連れて行くのも大変で、とくにプリンの騒ぎようときたら、ケージのメッシュの部分が破れてしまうほどだった。相当のトラウマになっているらしかった。

若いときの二匹は、田んぼ道の果てまでも探検にでかけていたが、年を取るにつれて、しだいにその距離はせばまっていた。できればこのままここで、穏やかに一生を終わらせてあげるつもりだったけれど、あなたたちの飼い主の人生はとても平穏にはいきそうもないから、協力してね、と祈る思い。運命共同体だね。