モンローウォーク

和室で三毛子がじっと外を眺めているのを遠目にしながら、マリリンモンローの映画、「7年目の浮気」をテレビでみていた。偶然にチャンネルを回した画面の中の彼女をみていて、モンローウォークという言葉を思いだした。

そしてなにげなくそばを歩いている三毛子をみて、驚いた。えっ、三毛、モンローウォークしてるじゃん。お尻をふって歩くのは癖なんだろうか。ついつい、後ろからじっとみてしまった。猫ながら、どこかセクシー。まる子や昔猫のプリンとは違う。

体にぴったりと張りつくような服を身につけているマリリンモンローは、とても魅惑的だ。けれど、どこか痛々しい。あんな服ばかり着させられていたら、さぞくたびれただろうなあと思い、自殺説がでるのも無理はない気がしてきて、途中でみるのをやめた。風でスカートがめくれるのを慌てて抑える、有名すぎるシーンのある映画だ。

衣服には、私もこだわる方だった。今にして思えば依存症だったと思うが、服を買い漁っていた時期があった。だから引越しをするときには、衣類をつめこんだ大量の段ボール箱と格闘しなくてはならなかった。引越し業者には、引越しのたびに、本と衣類が多い家だと言われた。

服を買い漁るのをやめたのは、ヘアカラーをやめてからだ。頭皮に湿疹ができたのをきっかけにグレイヘアーにチェンジ。当然、着るものも変わってくるし、そのことをきっかけにして生活スタイルもシンプルに。大量の服や本なども処分し、今では家具といえるようなものも最低減になった。

年を経ても、艶っぽさを失わない人がいる。内からにじみでてくるように。そんなふうになりたいものだと思っていたが、現実は、すっかりかけはなれたものになりまして。

しっぽがクロス

丘の上に通うようになってからは、ただひたすら動きやすい服になった。マダニに噛まれて怖ろしい思いをしたり、イノシシに出会って度肝を抜かれたり、気づかないまま足許にいた蛇が毒蛇だったということを知らずにいたり、わけのわからない毒虫に刺されたりで、さんざんなめに遭っているものだから、ゴツイ恰好ばかりだ

でも、日々、なにか小さな小さなできごともある。咲き始めた蓮の白さにみとれ、坂を上って行く途中でみる、生き物の自然のなりわいに眼をとめる。もがくトカゲの白い腹がきらりと光る。

今日は、富士山がひさしぶりでに姿をみせてくれて、ちょっとうれしい。もうあらかた雪は融けている。このあいだまでは確かに雪のスカートが広がっていたのだが、このところの高温で、スカートが消えてしまっている。

駐車場の閉鎖も解除になり、人の流れも戻ってきた。マスクをつけて坂道を歩くと苦しいから、人がこないときには外し、誰かきたときにはつける、ということを繰り返している。

帰りの坂道では、遅咲きのシャクナゲが、うっそうと茂る竹林をバックにして、舞を披露するようにして、薄紫の花を咲かせていた。

帰るとさっそく三毛子が、餌の入っているリュックの点検。私にも早くしてと言いたげ。あなたのモンローウォーク、またみせてね。

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