朝日のあたる町

大潮に重なって、台風がやってきた。あちこちで大きな被害が出たようだ。昨日は朝からずっと家から出られず、雨風が通り過ぎてくれるのをひたすら待っていた。チビとまる子はどうしているだろうかと気がかりでならなかったが、夜の6時をすぎると雨も風も弱まってきて、10時を過ぎるころには晴れた夜空がみえた。月も出て、ぽっかりとあいた雲の切れ目が澄んで、底なしに深かった。

けさは早くに眼がさめたので、そっと身支度をし、一人で丘に向かった。いつもは公園の駐車場に車を停めるのだが、6時半からしか停められない。それで鬼岩寺という寺のそばに車を停め、横にある220段の階段を上って行った。階段の途中から眺める朝の町は、昨夜の大雨に洗われたように澄んだ大気に包まれていた。どの家もきっと、昨日の嵐に息をひそめるように耐えていたんだろうな。

丘の上につくと、けっこう人がいて、なんだか賑やか。夕方の、もの寂しい空気とはずいぶんちがう。朝早いのにこんなにも賑やかだなんて思いもよらなかった。そのうち、ラジオ体操の音楽が始まり、体操を始めるグループも。ラジオを持参してくる人たちが数人で毎朝やっているようだ。

さっそくまる子とチビを呼ぶと駆けつけてきて、しっかり餌も食べた。昨夜は闇の中で、怖ろし気な風と雨だったろうに。よくがんばったね。

まる子は餌を食べたあと、リュックにしがみつくようにして、うとうと。よかったなあ、なにごともなくて。

朝の富士は、夕の富士とくらべて光の加減か、シャキッとしているようにみえる。道は風に飛ばされた枝や葉で荒れていた。無事だった二匹をみて、また220段の階段を降りた。

家に帰るとテレビのニュースはどれも台風の被害の様子を流していた。川の氾濫があちこちで起きている模様。私が小学生のときに、やはり近くの川があふれて家の田んぼが壊滅状態になったことがあった。学校の帰り道、母が、泥に埋まった田んぼに呆然と立ちつくしているのをみたとき、足が止まって動けなくなり、声も出なかった記憶がよみがえってくる。

夕方、今度はいつものルートで公園に入って行くと、博物館の横の、工事中の場所で大きな崖崩れが起きていた。

このフェンスが設置されてから、まだ一月もたっていないのではないか。新しいルートがもう少しで完成というときに、なんてことだ! ちまたでは、自然のまま放っておけばいいものを、税金をつぎこんで土を削るからだという声もちらほら。

今回は去年の台風にくらべると、倒れている樹木はほとんどなかったから、朝のときには被害がないと思っていたが、こんなふうになっていたとは・・・。

日暮れが早くなり、不気味な雲が出ていた。明日は満月の日。なのに、午後から雨模様になるようだ。天気はめまぐるしく変わる。台風の被害状況も刻々と変わる。

 

 

 

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