里山の秋

もみじがきれいだという滝の谷というところには、懐かしい里山の風情がある。市の中心部からでも30分ほどで行けるというのに、まるで別の空気が流れているような美しい場所だ。

ああ、こんなところがまだあったんだ、という感慨が湧いてくる情景が広がっている。

のんびりとした景色を見ながら歩いていると、小さな水車小屋が。みると、カエルが回していた。思わず笑いがこみあげた。これを造った人は、きっと洒落っけのある人なんだろうなあ。それにしても、うまくできているもんだ。

と思いながら、さらに奥へと道を辿っていくと、水車むら、という看板があった。ツルのからまった吊り橋を渡った先には、古民家と水車がある。「水車むら」だ。

大きな水車は回っていなかったが、これから回していく計画があるという。昔、私の実家の近くにも水車小屋があって、水車が回る力を利用して、小屋の中では杵が上下し、穀物をついていた。杵が順に動いていく様子は、ずっとみていても飽きなかった。

この古民家は、築250年という。古民家体験というのをやっていて、オーナーの保志さんが運営している。薪を割ったりごはんを炊いたり、近くの澄んだ川で捕まえた魚を、囲炉裏で焼いて食べたりと、いろいろな自然の体験ができ、家族連れに好評だそうだ。(suishamura@outlook.jp 藤枝市瀬戸ノ谷12317-1)

こんな大きな囲炉裏を囲んで魚を焼いたり、煮物をしたり、わいわいとみんなで団欒するなんて、楽しいだろうなあ。きっと鮮やかな記憶として残るんだろうなあ。

ここのオーナーの保志さんは、縁側で竹を細工していた。まだとても若いのに、どうして? と尋ねると、以前はサラリーマンをしていたのだけれど、なんか、違うなあという感じがして、思いきって、自然に即した暮らしをしてみようと思って始められたのだそうだ。

私の実家も、私が高校生のころまでは茅葺屋根で、夏は涼しく、冬は意外と暖かったのを覚えている。まわりの家々が、つぎつぎと近代的な家に建て替わっていくなか、茅葺の家はほとんどなくなっていた。

私が高校を出て上京してから建て替えられた家に、ひさしぶりに帰ったときは、なんだか自分の家という感じがしなかった。格段に暮らしやすくはなったが、炎がゆらめく囲炉裏も竈もなく、猫が歩いていた天井の太い梁もない家は、ただがらんとしていた。

水車むらにただずんでいると、川の水が流れる音がし、鳥の声が聞こえてくる。あのころ、高校を卒業するころ、こんな田舎にはいたくない、どうしても上京したいと熱望したものだが、今はむしろ、あの土地に戻りたいとさえ思う。戻ったところで、なにかがあるわけではなく、親たちもすでにいないが、それでも山ふところを懐しむような思いが湧いてくるときがある。

風邪をひいてしまい、ちょっと熱っぽい体でチビまる子のところに行くと、サービス精神が旺盛なまる子は、面白い顔をして笑わせてくれた。日暮れが早くて、なかなかゆっくりとできない。

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