以前から古いものが好きだった彼女。山形時代の友人のNさんである。人形や着物、道具など、少しずつ集めていた。骨董市があるとあちこちでかけていたようである。楽しくてしかたがないと笑みを浮かべながら話していた。
ちょうど私が山形を引き払う頃のことである。そして今は、なんと、ヨーロッパの各地で展示会が開かれるほどの収集家になっている。
展示会の案内
話を聞いて、彼女の活躍に、ただただ感嘆。
私がようやく大阪の暮しになじみ始めたころに、彼女からご主人が亡くなられたということを聞いた。二人して私たち夫婦の送別会をしてくれたときの御主人の笑顔が浮かんだ。そのあとからだったろうか、さびしさをまぎらすために、彼女の行動範囲はさらに広がったようだ。
彼女とは、不思議なつきあいだった。横浜からいきなり地方の小さな町に越して、その土地の風習や気候になかなかついていけず、悶々としているときに、詩を書く彼女と同人誌の会で知り合った。彼女は初対面の私にもよそもの扱いをせず、具合が悪い時には煮物を届けてくれるような人だった。誰も頼る人のいなかった私にとって、どれほど心強かったことか。
とにかくはっきりとものを言う人である。妥協をしない人でもある。そこが魅力である。
きつねの嫁入り行列
雪が深くなって、春が待ち遠しいときには、彼女は窓の外の雪をみながら、雛や小さな人形たちを出し、傷んだ着物を縫い直し、一つずつ並べてやるのだという。ひんやりとした感触と、ときおり窓の外に視線をやりながら、人形に手をやる彼女の手が想像できる。
私がその長井市という町に住んでいたころ、彼女はよく私をお茶に誘ってくれ、雛の季節には、それまでに集めた部屋いっぱいの人形をみせてくれた。部屋の戸をあけた瞬間、そこに埋めつくされた人形たちの息遣いに圧倒され、足がすくんだものだ。
人形たちがいる座敷の障子を、夜、閉めて寝たはずが、朝になるとあいていることがあるという。夜になると人形たちが遊びだし、戸をしめるのを忘れてしまうのかもしれない。
彼女が本格的に古物商の活動を始めてからずいぶん年月がたっている。これまで集めた着物はなんと1000点にものぼるという。そしてそれが外国の目利きの方の眼にとまり、ヨーロッパの国々で展示会が開かれるようになり、彼女も何度か招待されて行ってきたと話していた。
今度、展示会に出展されたそれらが図録になって出版されたという。ひさしぶりに電話をすると、その図録を送ってくださった。写真はすべて、図録から撮ったものだ。
彼女も猫が好きだ。私が昔猫のプリンとマロンを保護し、飼い始めたときは、さっそく見にきて無邪気に遊んでいたっけ。子供のようなところもまた、彼女のおもしろいところだ。
私が大阪に越してから彼女も猫を飼い始めたとかで、お雛様と並んだ写真もある。けれども猫はもう死んでしまい、さびしいよと話す彼女の声はどことなく沈んでいた。
お転婆な三毛子とは、なんという違いだろう。
山形は今年、雪が少なかったそうだが、毎年、外に積もる雪を眺めながら、座敷に赤い毛氈を敷き、集めたコレクションに囲まれながら春を待つ彼女の姿を思い浮かべてみた。
と、そんな物思いにふけっているかたわらで、三毛子がジャングルジムのようにして、ケージをのぼり、ガシガシと音を立て、揺らしている。なんとまあ、たくましいこと!