庭の神様

*******山形にいたころ*******

裏庭の隅には、小さな石づくりの祠があった。ジャランのおじさん(ミステリアスな・・・。の項 7月11日参照)に尋ねると、水神様だという。そばに水路があるから、水が暴れないようにと、近所の人たちが、昔は空地だったこの土地に置いたのだそうだ。

水路のそばにひっそりと置かれていた神様は、冬の間は雪に埋もれているが、毎年、光の春とともに、姿をあらわしてくる。

雪の上には、猫の小さな足跡
木々の雪は綿のようになって融け落ちる。

雪解けの季節はいそがしい。田にも畑にも人影が動きはじめ、私も、雪が融けるのを待ちわびて、春がくるたびに新しい木や花を植えた。年を重ねるごとに、少しずつ木もふえ、季節ごとの花の数もふえていく。そして暇さえあれば、庭に出て作業をし、くたびれたら芝の上で猫たちと過ごした。

自転車にはときどき猫を乗せて走った。夫と二人がかりで造ったデッキは、庭仕事のあいまにコーヒーを飲むのにうってつけの場所になった。ある日、とても大きな男の人が、やあ、と声をかけながら庭に入ってきた。手には卵のパックを持っている。自宅の庭で放し飼いにしている鶏が産んだ卵なのだそうだ。そんじょそこらの卵とはちがうのだという。

それからというもの、彼は、卵を配達してくれる日には、デッキでコーヒーを飲みながら、さまざまな話をしていくようになった。巨体である彼には、デッキの華奢な椅子は窮屈そうで、ギシギシと音を立てた。

それからもう一人、デッキに座ってお茶を飲む友人ができた。名前がねこちゃんである。その名のとおり、猫が大好きで、何匹も猫を飼っている。ある集まりに参加して猫ダチになった。猫たちも彼女が大好きで、デッキで話をしているといつのまにかそばにきている。すると彼女は、まるで前世からの知り合いのように、猫たちにほおずりをし、「ここの猫たちはしあわせ! みているこっちまでしあわせ!」と口癖のように言った。

けれども私は、雪が融けていくようにして、この暮らしが崩れていくのではないかという不安を感じていた。庭の隅でこじんまりと鎮座している神様は、私たちの暮らしを静かに眺めていた。