明かり、ほのかに

暗い森の中を歩く女の子。この子はときどき、ふらりと山の中に入って行く。ばあちゃんに、人さらいに会うぞと脅されても、やめなかった。実際、見知らぬ男に追いかけられたこともあったが、それでもやめなかった。森には不思議な魅力があるからだ。そして夕暮れ時、ポツンポツンと灯る里の明かりを目印にして帰って行く。 

これも富士山

女の子は学校が嫌いだった。みんなや先生とうまくやれないからだった。それでも休まずに学校には行くけれど、ときおり、教室を抜け出してやっぱり山に入ることがある。見晴らしのいいところを選んでは、日がな一日、空や雲をみて過ごすこともある。山は、女の子の避難場所なのだ。

先生は意地悪だ。(と、女の子は、これまでの経験で思い込んでいた。)だから、あんなやつの言うことなんか知るもんかと思っていた。それで先生からますます嫌われて、ついに誰も女の子と口をきいてくれなくなっていた。

ある日、女の子は宿題に出た作文を書き上げ、提出したが、そのときも、先生は、これは姉さんに書いてもらったんだろうと、みんなの前で女の子を詰問した。違うと言っても信じてもらえなかった。(姉は作文のコンクールに入賞していた。)それで女の子は、さらにまた冷たい眼でみられるようになった。

それでもそんなにさびしくなかったのは、森があったから。とくに、みなから離れて、たった一本で立っている木がお気に入りで、よくその木にいろんなことを話しかけてみたり抱きついたりしていたのだった。木はいつでも女の子を待っていてくれた。

女の子とその木は友達だった。友達はほかにも一人だけいた。その子は、学校にいるときは先生や他の子に気を遣って話しかけてはこなかったが、家に帰ると、一緒に遊んでくれる。それで女の子は、その友達と一緒に野イチゴを摘みに行ったとき、その木を私の友達だと紹介した。

てっきり笑われるだろうと思っていたのに、友達は笑わなかった。それどころか、あたしはあなたのことがうらやましいときがあると、思いもかけないことを言った。「だってさ、あんたは先生にいろいろ言われても平気な顔してるもん」と言い、ほのかに灯りだした明かりの方へ向かって歩きだした。

中から光をあてて、しかもその絵が流れていく。ちがう模様が次々と浮かび上がるしかけ。幻想的だ。

平気じゃないよ、馴れただけだよ、と後ろを歩きながら女の子は言った。その言葉が友達に聞こえたのかどうかはわからない。

暗闇にほんりのと灯る明りは、いろんなことを思い出させるものだ。祭りの明かりに集まってくる人々の陰影に満ちた顔や、子供のころのことなど、明かりが醸しだすものは深くて温かい。

江戸時代、大きな旅籠だったという岡部の「柏屋」というところで明り展というものをやっている。竹で編んだ籠の中に明かりを灯したり、障子にいろんな絵模様を映し、回り灯篭のように流れていくのは美しい。

夜のひととき、さまざまな明かりの中に浸り、帰ろうとしたとき、軽食を出すそばの店からお姉さんが出てきて、甘酒を飲んで行ってくださいと声をかけられた。お言葉に甘えてごちそうになり、ついでに味のしみたおでんも一緒に頂いた。

最近はどこに行っても照明がきつく、薄明かりというものが少ない。だから、こういうものをみるとほっとする。ほのかに灯る明かりは、人を魅惑的にさせ、想像力をかきたてる。