はやぶさのように、空高く

宇宙探査機、「はやぶさⅡ」が戻ってきた。小惑星リュウグウの砂をカプセルに入れて。カプセルには気体も入っていて、それは世界初だという。

ひさしぶりにスケールの大きな話。そして、かぎりなく精度の高い話。

子供の頃には、宇宙は手の届かない神秘でしかなかったのに。世の中は怖いほどのスピードでどんどん進む。車だってそのうち自動運転になってくるだろうし、電化製品だってちょっとみないまに驚くほど進化して、ついていけないなあと思うことがよくある。

そういうこととはだいぶ違うが、三毛子もずいぶん変わった。人間になかなか心を許さず、触れようとしても引っ掻くわ噛むわで、それこそ、遠い星のような存在だったのが、近頃は甘えるそぶりをみせはじめるようになった。

三毛子の宇宙

少し前までは、背中にほんの少し触れられる程度だったのが、ご機嫌なときなら、首や顔のまわりまで触れても大丈夫。ときおりゴロゴロと喉を鳴らす。そんなことはないだろうと諦めていたのに、その変化には驚く。

蓮華寺池公園の木々の葉は落ち、水辺の鳥たちは冬支度や餌探しに忙しそうに動き回っている。

公園へようこそ。アズキです。

坂の途中では、ときおり、tree climbing (ツリークライミング)の練習をしているグループをみかける。楠の枝にロープを下げ、ロープをつたってのぼって行く。

道の両側に立つ楠に、私は楠男と楠子と名前をつけている。その楠子さんの、腕のような枝に、ちょっとふくよかな人がぶら下がっていた。うっ、重っ、という楠子さんの声が聞こえてきそうな光景だった。

というわたくしも、夏の終わりごろから少しずつ、体重がふえているようで、坂をのぼるとき、体が重い。汗をかかなくなったせいだろう。気をつけなくてはならない。

古墳の丘の木々の葉はすっかり落ちてしまい、晩秋の冷たい風が吹き抜けていく。これからは寒くなる一方で、チビやまる子たちの寝床の冬支度もしてやらねばと、不要になったセーターや毛布を適当に切ったり縫ったりして敷いてやっている。

最近、チビまる子のためにとカイロを差し出してくださった方がいた。心配りはありがたかったし、自分でも考えていたことだが、万が一のことでもあったらと、辞退した。人の好意を無にするのかと、その方は気分を害したようだが、熱があるものを人がいないところで使うのは、やっぱり怖い。

そのあと少ししてから、やはり、チビまる子のことに以前からあれこれと口出しをしてくる方にも、はっきりとした態度を取った。

気まずい思いもしたが、意外と気持は穏やかなままだ。これまでのように波風をたてまいとして、我慢をしていたら、いまだにモヤモヤしていただろう。これでいいのだ!

些細なことでも、前にはできなかったことができるようになると自信がつく。心に筋肉がつくのだと思う。空高く飛ぶ鳥、はやぶさのように、とはいかないが、心に淀んでいるものは流し去り、澄んだ空のようにすっきりとして新しい年を迎えたい。

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