空の宝石

まる子もチビも、坂道の脇にある小さな側溝によく隠れている。そして、近づくと、こうして、ひょいと顔を出す。まるでこちらがびっくりするのを面白がっているように。怖そうな人や苦手な人が通るときは、体を低くして身を隠す。

頭隠して尻隠さずということもよくあるが、猫たちは、しっかり隠れているつもりでしっぽがちらちら。そのギャップがユーモラスだ。

我が家の昔猫のプリンとマロンも、大阪にいるときはよく、側溝を移動手段にしていた。なにしろ、大阪は、いくら郊外の住宅地とはいえ、けっこう車が通る。近くの団地からの通り抜けの車が多く、坂道だったからスピードも出る。それでどうやら側溝を通り道にすることを選んだらしい。

車の中のプリマロ。車に乗せられ捨てられたトラウマがあるらしく、車に乗せられるのを異常に嫌がり、病院に連れて行くのが大変だった。

山形から引っ越してから、外に出さないようにしようと庭をぐるりとネットで囲んだり、首輪をつけて散歩をしようとしたり、いろいろ工夫をしてみたが、どれも失敗に終わった。マロンは怒り狂って、逃亡しようとした。

そんなこんなで猫で苦労していたころの、大阪時代の友達(このブログの、彼女と私、の項で紹介した彼女)から、マロンの手提げ袋に続いてプリンのも届いて、両者、揃い踏み! 気持がゆるりとあったかくなった。

うれしくて、なにかお礼をしたいけれど、私はなんとも不器用で、なにも作れない。なにしろ、学校の夏休みの宿題で裁縫があったときは、母に縫ってもらっていたくらい。余り布などをうまくリメイクしていた母の才能は受け継いでいないようだ。家の中をあれこれ整理したり、こんなふうに植物を飾ったりするのは好きなんだけどなあ・・・。

フウセンカズラ 頂いたもの。たしかに、風船みたいな実がなっている。

冷たい雨が続いていた土砂降りの午後、早めにチビまる子のところへ行った。餌をやりおえたころには雨があがって、急に、夕日があたりに差し込んできた。光明が射すって、きっとこういうことだ。

あたりにどんよりと立ち込めていた霧も晴れてきて、まるでカーテンを引くようにして、いきなり明るくなった。

そして空には、虹のかけらが。ほんのつかのま、かいまみえた空の宝石のようだった。

今日はちょっと行きたくないなあと思うような天気の日に登ってくると、ときおり、思いがけない情景が眼の前にあらわれる。きっと天気の神様がごほうびをくださっているんだって、感じることもある。自然はときに、二度とはみることのない宝石をみせてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

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