虹の向こう

山茶花の花びらに敷きつめられた道。この道はどこへ続いていくの? それは・・・へと続く道。

今日は虹の丘へと続いておりました。

ぼんやりだけれど、雨上がりの空には虹がかかっていました。左のほうにも、さらに薄くもう一本。荒れ模様の空からの大サービスでした。そばでは、チビとまる子がかくれんぼ。このごろのチビは人にもずいぶん慣れてきて、ときどき、おもしろいことをしてくれる。

虹が出ていたのは東の空。反対側の西の空には、雲がきれて夕日がきらり! 東と西、丘の両サイドからのプレゼント。丘は、夕日と虹とのサンドイッチ。

虹の向こうに何があるかと空に尋ねれば、あなたの欲しいものです、という答えが返ってきそうな気がした瞬間でした。

だけど私のほしいものはなんでしょうか。そう自分の胸に問うてみると、答えが返ってこないのです。ほしいものはいろいろあるけれど、さて、じゃあどれにするかと思うと決めかねて、わからない。いっそ、日々、笑っていられればそれでいいっか、なんていうことに。

せめてバラでもたくさん買って家に飾ってみたなら、いつもの変哲のない部屋もパアーッと明るくなるんだろうか。そうだ、たまには奮発して黄色いバラでもたくさん買って胸に抱いて帰ろうか。そんなふうに思った夕暮れでした。

でも、このごろ、三毛子はいたずらが過ぎて、花などきれいに飾っても、きっと引き倒してしまったり、そこらじゅうに花びらを散らしたりするでしょう。もったいないから、買うのはやめよう、と思ったそのあとで、でも現状を変えるには、もったいないなどというケチな言葉は禁句だっていうことに気づいたのでした。

ハチとにらめっこ

三毛子は小さなギャングで、ときおり思いがけないことをしでかすので、眼が離せないのです。最近は、家じゅうの扉という扉をあけることに夢中。軽い扉ならことごとく開けて回る。朝起きると、扉を閉めて回るのが私の日課になっています。

猫は近眼だというから、猫に虹はみえないだろうな。なのに、猫は死んじゃうと、虹の橋を渡るのだという。虹の橋を渡った向こうには動物たちの楽園があるんだっていうけれど。

虹の向こうには、自分の掴みたかったものが散らばっているのでしょうか。空のかなたには、みんなのそういったものがきらきらと光って星のように散っているのかもしれない。そんな物語を考えてしまった夕暮れでした。

 

 

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