*******山形にいたころ*******
雨の日に猫を拾うものではない。と、小さいころ祖母に言われていた。
雨の夕暮れに二匹の猫を拾った私は、その教えを気にした。青森県の八戸市で生まれた私は、幼いころ、よく祖母のあとをついて歩いていた。縁起をかつぎたがる祖母だった。ふいに私はその言葉を思いだし、しばらくのあいだ、怖れていた。これ以上、いやなことが起きないでほしいと。慣れない土地での暮しは、想像以上のものだったからだ。
引っ越しの挨拶に回ったとき、近所の長みたいな人は、自分たちの仲間だと認められないうちはゴミを捨ててはいけないし、回覧板も回せないと言った。しかたなく私は、市役所に電話をした。それでどうにかゴミは捨てられるようになり、回覧板も回ってくるようにはなったが、このうえ猫のトラブルが重なれば、また、なにが起きるかもわからない。
こんなにも小さかった。
まして、プリンと名づけたこの黒猫は、みるからに不吉な空気をともなっていた。小さくてやせこけて、しかも目つきが悪い。暗闇でみると、眼だけが光っている。だが、この小ささで、あの日、雨の夕方、道の端を懸命に歩いていたのだ。いったい、二匹の子猫はどこへ行こうとしていたのか。それを考えると、なにがあろうと引き受けようという気持になった。
そんなある日、不思議なことが起こった。隣りの長の家の庭で飼っている、ブックと呼ばれている犬の檻のそばに、プリンが座り、じっと犬をみつめているのだった。ブックはラブラドールだからとても大きい。けれども、プリンは檻があるからか、怖がるでもなく、ただじっと見ている。大きいのと小さい黒が向き合い、相手を観察しあっている。
首をかしげるブックにプリンが近づいて、するとブックも尻尾を振った。
それ以来、ブックとプリンは、檻を挟んでときどき向き合っている。私が、長の家などを持って行くとき、プリンはいつのまにやらあとをついてきて、ブックの前に行くと、ひょんひょんと飛び跳ねる。プリンのおかげで、隣の家に行くのが少し気楽になった。なんだか、相手の態度も柔らかくなった気がした。
プリンはしだいに、ブックをからかうようにさえなっった。ブックが檻から出され、庭につながれているのをみると出かけて行き、ブックのまわりを走り回った。私はハラハラしていたが、長は何も言わなかった。