猫の点滴

*******大阪編*******

大阪住まいも5年が過ぎたころには、猫たちも14歳。まわりの環境にもなじんで、マロンは、門柱の上にスフィンクスみたいに腹ばいになっては道行く人を眺めては頭を撫でてもらったり、向かいの空家に行ったり。プリンは、坂の上のスーパーまで買い物に行く私を待ちかねて、よく途中まで迎えにきていた。

隣りの奥さんに会うと、プリンは大好きな奥さんにスリスリする。「なんか、少し痩せたんと違う?」と言われて、私は自分のことだと思い、つい喜んだのだが、プリンのことだった。気になって病院に連れて行くと、腎臓が悪くなっていると言われ、点滴を勧められた。自宅点滴の始まりだった。

プリン、顔は不細工だが、とても母性的

プリンは毎日。マロンは、週に一、二度くらい。二匹重なるときには、プリンの方からする。背中の皮ををつまんで点滴の針を刺して、液を入れ終わるまで10分くらいか。プリンは初めは嫌がったが、薬を入れると楽になるのがわかったのか、じっとしていた。プリンがおわると、つぎはマロン。気配を察して逃げ回るマロンを捕まえ、騒ぎまくるマロンを押さえつけながら針を刺すのは、とても根気がいった。

プリンの体毛はぬめるように黒かったが、白髪が目立つようになっていた。顔は不細工だけれど、あいかわらず母性的。山形時代、なじめなくて泣いているときには、私の頬を舐めてくれたものだ。そして今度も、マロンが嫌がってわめいていると、自分の具合が悪いにもかかわらず、駆けつけてきて、マロンの様子をみにきて、なだめるようにじっとそばにいた。

夫が猫用に作った点滴台に背伸びをし、マロンに手を伸ばすのだった。なんという子!

こんな子はどこにもいない。この子のためなら、なんでもすると決めた。だけど、それがよくなかった。治してやりたい一心で、いやがるプリンをあちこちの病院に連れて行き、疲れさせてしまった。

そして、半年。ついに食べられなくなって、おしっこも出なくなり、あと一週間と言われた。それを聞いての帰り道、私は、なぜ、プリンをもっと静かにしておいてあげなかったのだろうと、ひどく後悔した。

秋の花が道端に咲いていた。涙があふれて運転ができなくなり、車を止めると、小さな風が生まれ、それがあたりの、赤や黄色の落ち葉を巻き込み、渦を巻きながら空へと昇って行った。天がプリンを迎えにきたようだった。

捨てられて、うちにきたばかりのプリン

山形時代のプリン

家へ帰って抱きしめてやり、つらい思いをさせてごめんな、と何度も謝る私に、プリンは、うんうんとうなづくように、わかってるよ、とでもいうように、小さな声で返事をした。

 

 

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