山が燃える。

 

石川さゆりの「天城越え」という歌に、「・・・山が燃える~・・・」というのがあったけれど、一昨日の山は、夕陽を受けて燃えているようだった。ほんの一瞬の、妖艶な風景だった。

そのせいか思わず、天城い越え~って、歌ってしまった。それほどの情熱を経験したことはないよなあ・・・なんて、思いながら。私の情熱は、山形での猫との出会い以来、ほとんど猫に注がれている?

今日はでかけるのが遅くなって、通称、鬼の階段をのぼって丘へと行く。急な勾配の階段は、222段の細い階段。眺めはいいが、足を踏み外すと大変なことになる。でも、いつもの道よりは15分早く着く。

左は下から上を見たところ

 

 

右は、上から下を見たところ

 

 

 

心臓バクバクだ。途中で休まないと、とても上までは登れない。上から下をみると恐ろしいほど。日暮れが早くなったので、つい気持ちがせく。チビまる子はきっとおなかすかしてるんだろうなあ・・・と思って。ところが、そんなふうにして行くときにかぎって、チビまる子は誰かから餌をもらって、つれない態度。ただ餌をやるだけでなく見守ってくれるといいんだけど、そんなの求めても無理というものだろう。 まる子は、このごろ、よく枯れ葉の中に埋もれている。あったかいんだろうな、きっと。

姫も、枯れ葉の中。ここの猫たちには、枯れ葉は自然がくれるお布団だもんな。ときどき、猫がいる場所に、こんもりと、集めた枯れ葉を置いて行く人もいる。

坂道の斜面では、伐採工事。博物館の前も工事。どんどん木が切られていく。なるべく自然のままにしておいてほしいのに。ここに通い始めてから、公園では、いつもなにかしらの工事をしている。そんな工事を横目にみて、人々は、公園の外観ばかり整えていないで、もっと実のあることにお金を使ってほしいと言っている。チビがとても懐いている男の人がいる。その人が、チビのお腹に腫れものがあると教えてくれた。おなかに触れられるのは、たぶんその人と私くらい。腫れが引いたから、悪性ではないようで安心した。そんなふうに見守ってくれる人が一人でもいてくれるのは、とてもありがたい。ゼロと1では、かぎりなくちがうから。

 

 

 

 

 

 

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