Waning Moon

猫は移り気だ。気分がひとつところにとどまっていない。

ある土曜日、まる子がめずらしく、石の上で、40代くらいのご夫婦のあいだに割って入って、ぴったりと寄り添っていた。そうっと近づいていくと、先にまる子が気づき、ばつの悪そうな顔をして、のそのそとこっちにやってきた。まる子、気を遣ってるのかい?

まる子が懐いているらしいそのご夫婦は、だが、それっきり姿をみせない。できたら土曜日だけでも餌やりをお願いしたかった。残念!

欠けていく月のことを、Waning Moonというのだそうだ。今がその時期。台風が去ったあとも、あいかわらず天気は荒れ模様で、激しく降る雨の隙間を縫うようにしてチビまる子のもとに通う毎日だ。

これは上弦の月。今は下弦の月の時期。

この写真の月は、一週間前の1日、満月の前日のもの。ほぼ満月に近い。満月の日はあいにくの天気で、満月を見るために丘をのぼってきた人は、がっかりしていた。

waningというのは、衰えて行く、弱くなる、季節が終わりに近いこと、などという意味のようだ。季節だけでなく、人との関係もしぼんでいく季節なのかな? と思う今日この頃、心のほうもが弱まっている気がする。

なので、なるべく体を動かすように努めているのだが、なかなか体力が追いつかない。

月と金星

祖母は、三日月をみると、「ありゃあ、船っこみたいだな」と言ったものだ。そして、「どっだ人も、なんぼ、あっちの船がいいと泣いでも騒いでも、取っ替えられねえ船さ、乗ってるようなもんだな」と怖いことも言っていた。

わりと親しかった人と、どうもうまくいかなくなってしまうことがあると、子供のときには意味がわからなかった祖母の言葉を思いだす。たぶん自分は、不器用にしか動けない船に乗って生まれてきたのだなあと。

チビとまる子の関係も、微妙に変わりつつある。チビも4歳になり、これまでは一方的にまる子に甘えていて、二匹の関係はこのままいくのかなあと思っていたが、このごろはチビがどこかに雲隠れして姿をみせない日がしばしばある。

きょうは、ひさしぶりに晴れ間がみえて、二匹そろった。

これまでは、どんな嵐でも二匹で体を寄せ合い、支えあっていたから、丘の上に残してくることができたが、嵐の中にまる子だけを残してくるのはなんだかしのびない。

以前は不安がって後を追ってきたまる子だったが、このごろは諦めたらしく、まあ、しかたないわよね、という顔をして見送ってくれるようになった。ありがたいような、不憫なような・・・。

家に帰ると、三毛子が初めて私の脚にスリスリ。おう、すごい進歩! と思ったら、つぎの瞬間はもう、リセットされてツンツンしている。猫はやっぱり移り気だ。

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