おきばりやす

*******大阪編*******

山形で生まれた猫は、今度は大阪猫になった。

マロンは、少し苛立ちモード

引越しの挨拶もすませて、町内会の役員の方にいろいろなルールも教えてもらい、最初のゴミ出しをしているときだった。

「おきばりやす~」と、後ろから、まったりとした声。振り向くと、初老の女性がにこにこしながら私をみて坂を登って行く。まだ顔もあわせたことのない人が、向こうから声をかけてくれるなんて。これまで住んでいた土地とのなんという違い。挨拶をしても無視をされることも少なくなかったのに、空気のちがいを一番はじめに感じた瞬間だった。

前の土地では、まず、ゴミを捨てられるようになるまでが、一苦労だった。よそ者は、なかなか町内会に入れない。だから、ゴミも捨てられないし、回覧板も回ってこない。それでいて、草刈りなどの行事には駆り出される。いたたまれずに市役所に電話をしたり、一悶着したりしたあげく、夫が町内会長に土下座までして、ようやくゴミを捨てられるようになったのだった。

夫は、田舎暮しに憧れて移住を決めたから責任を感じていたのだろうが、ムラ社会というものは、長年の風土に根づいたもので、こちらがいくら努力してもどうにかできるほどやわなものではない。そんな中でも、親切にしてくれた人たちもいたことは唯一の支えだった。

新しく住むことになった坂の町は、30年前に、山を切り崩し、造成した分譲地。同じような家々が、坂道の脇に並んでいる。隣りの奥さんやそのまた隣りの奥さんたちはとても気さく。年代が似ていることもあって、顔が合うと気軽に話しかけてきてくれた。

「おちついたら京都に一緒に遊びに行こ」と誘ってもらったときはうれしくて、行く行くと答えたが、社交辞令だろうなあとも思い、あまり期待もしていなかった。すると、ひと月もしないうちに計画をしてくれて、京都に一緒にでかけることとなった。長いことそんなことはなかった私にとっては、驚嘆するようなできごとだった。

以前の、疎外感を抱え、体をちぢこめているような暮しにくらべたら、家がボロだろうが、収入が減ろうが、そんなことはたいしたことではないことに思えた。たしかに、手をつくして造り上げた庭や家など、そのすべてを処分したのは辛いことであった。だが、山を越えて、900キロの道の果てにようやくたどりついたのだ。失ったものよりも得たものを喜べばいいのだ。ずいぶんと堕ちたもんだねと笑う人もいたが、でも、それがたぶん私の生きる道。

問題は、猫たちのこと。環境ががらりと変わったストレスのせいか、マロンは、これまでになく反抗的になっていた。