拗ねまる子

蓮華寺池に蓮の花が咲き始めた。例年のことだけれど、今年はとくにきれいに感じる。梅雨に入って、本格的に蓮の季節がやってきた。

白いのと赤いのがなかよく咲いていて、めでたいような。鬼蓮というのだそうだ。こんなにきれいなのに、鬼がつくとは・・・。

道の脇に咲くアジサイも、しっとりとしている。

丘へと続く道は、草が刈られているが、丘の上は草ぼうぼうだ。こんな、誰も歩かないような崖なんかの草刈って、どうするだあ。早く、丘の上も刈ってほしいよう。

草ぼうぼうの丘の上。このごろ、まる子は、よく拗ねる。

餌の量を調節すると、まる子は拗ねる。不機嫌になる。なんで、もっとくれないのかと、リュックをがりがりとひっかく。それでももらえないとなると、ふて寝。アリさんが登ってきても、まだふて寝。こんなに太っても勝手に餌を置いて行く人は減らない。注意の貼り紙も、貼っても貼っても剥がされ、どうすればいいのかと途方に暮れている。

反対にチビのほうは、えさを残すようになった。あああ、逆だったら、どんなに助かるかしれないのに。

今年は大きなムカデが大繁殖。うっかりしていると、いつのまにかそばによってくる。だいぶ前にチビが刺されたらしく、お腹が大きく腫れていた。薬を飲ませたらよくきいたが、みるからに毒を持っていそうな、気味の悪い姿をしている。

まる子は思い通りにならないとき、爪をたてる。そんなときにうっかり触ると、引っ掻かれる。油断がならない。

まる子が拗ねる理由はもう一つある。私が帰るときだ。なんで一緒に連れて行ってくれないのかというようなそぶりをするときがある。そうかと思えば、しらん顔でなにかに夢中になっているときもある。でも、それも、「こうしてあたしが遊んでるふりしているうちにさっさと帰ってちょうだいよ」と暗に言っているようにもみえる。まる子はとても賢いからだ。

リュックの中には、万一連れて帰るような羽目になったときのための、メッシュの網を入れてあるが、なかなかそんなことにはならない。どうしてもチビのことを考えてしまうからだ。生まれつき野育ちのチビを連れて帰って、家にとじこめるなど、どだい無理な話に思えてならない。一匹だけでここに残すことは考えられないし。まる子だけなら、とうに連れて帰っていただろう。

それで、ときどき、帰り道、坂道の楠きょうだいの幹を撫でながら、チビまる子のことを、お願いしたくなるのである。大木には、精霊が宿っている気がする。どうか、まる子がもうこれ以上太らないようにと。そして、チビがもう少ししっかりしてくれるように。