鬼滅の刃 好きな言葉 其の四

左から猪之助、善逸、炭治郎 鬼滅隊同期3人組

生殺与奪の権を他人に握らせるな!    富岡義勇

この言葉を聞いたとき、私は何の関係もないことを考えていた。病床にあった父親に延命装置を施すかどうかで、家族で相談をしているときのことを思いだし、生殺与奪の権を父は最後、自分で握れなかったということを。

鬼滅でこの言葉が出てくる場面はまだ物語の初めのほうで、炭治郎が鬼滅隊の柱(主要メンバー)である富岡義勇にひざまずき、鬼化した妹を殺さないでくれと頼むシーン。

炭治郎は義勇に、「妹は鬼に襲われて鬼になってしまったが、人を喰わないんだ」と必死に懇願する。その炭治郎に、さらに義勇は言う。

泣くな、絶望するな、そんなのは今することじゃない! 

結局、義勇は、禰豆子と炭治郎を信じ、二人を育手と呼ばれる鱗滝左近次に預けることにする。鱗滝も、元は鬼滅隊の柱だったが、今は後進を育成する立場にある。

そして義勇と鱗滝は、鬼滅隊を率いる頭領、お館様(おやかたさま)にあてて手紙を出す。もしも禰豆子が人を喰らうようなことがあれば自分たちは切腹して責任をとるからと。

物語の中では猫も大切な役割を担っているんです。それも三毛子によく似ている模様の三毛猫なんです。そうゆうこともあって鬼滅が好きになったわけです。

努力は、どれだけしても足りないんだよ。  錆兎

鱗滝のもとで修行する炭治郎を応援する兄弟子の錆兎(さびと)の言葉。彼の応援もあって、丹治郎は、厳しい修行を終えて鬼滅隊の選抜試験に臨むことができるまでになる。あとでわかるのだが、実は錆兎は、現実には鬼にやられて、この世にはもういない。

努力よりも強いものはないのだと、念じたくなる言葉ではないでしょうか。

これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものをさしださなければならない。  産屋敷耀哉

産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)は鬼滅隊を率いる頭領で、みんなから、お館様(おやかたさま)と呼ばれ、絶対的な信頼を寄せられている。代々、鬼を絶滅させるために力を尽くしてきた産屋敷家に生まれ、病身の身で鬼滅隊を率い、指示命令を下す存在。

そのお館様の前で、炭治郎と妹の禰豆子が、鬼滅隊の中で最も高い位置にいる柱たちの会議で裁きを受ける。柱たちが鬼化した禰豆子を殺すべきだと主張するなか、お館様はきっぱりとこの言葉を放つんです。

それぞれに強烈な個性を持つ柱たちの前で、お館様はあくまでも冷静。みるからに弱々しい外見だが、彼から出る言葉は凛とした強さを持って響く。

世の中、否定することのほうが簡単であるから、お館さまの言葉は、よけいに説得力がある。なにかと否定的なことばかりが蔓延する今の時勢に、この言葉は治療薬となるかもしれない。

そして禰豆子は、炭治郎や柱たち、お館様の前で、人を喰らうか喰らわないか試されるわけだが、ぎりぎりのところでこらえてのりきる。これで正式に丹治郎は鬼滅隊の正式な一員と認められ、禰豆子は人を食らわず、眠ることで回復する。

俺がくるまでよく耐えた。後は任せろ!  富岡義勇

那田蜘蛛山編で、鬼の中でも強烈な鬼、累との長引く戦いで炭治郎がもう少しでやられそうになっているときに、義勇が駆けつけ、炭治郎にかける言葉。

ピンチに陥ってどうにもならないときに、もしも誰かにこんなふうに言ってもらえたなら、どんなにか頼もしいだろうになあ。でも現実には、そんなことはほとんどないものでして、それでも聞いていて嬉しくなる言葉だ。

がんばれ、俺、俺はやれる! 折れてる炭治郎もすごいということを見せてやる!    竈門炭治郎

炭治郎のすごいところは、最後の最後まで決して投げ出さないことだ。どれほどの窮地に陥っても、ほんのわずかな望みや方法を探し、そこからまた戦い抜く。炭治郎の強さの土台となっている。

いくらがんばってもだめなんだとか、なにをやってもうまくいかないとか、そんな言葉を吐きそうになるとき、折れてる自分だってやれるんだと思えるようなこの言葉は、強烈に効きそうな気がする。

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