水掛不動さん

*******大阪編*******

大阪の難波駅の近くに、水掛不動がある。横浜時代の友達が京都見物のついでに大阪まできてくれたので、行ってみた。水掛不動というので、お参りにきた人がみんな水をかける。それで、全身が苔だらけだ。

その友人は、横浜に住んでいた当時の友達4人のグループのリーダー格であった。姉御肌で、私たちを車に乗せてはよくいろいろなところや店に連れて行ってくれたものだ。その姉御がきてくれるというので、私はいそいそと彼女に会いに行った。

何年ぶりだろうか。ひさしぶりにみる彼女はあまり元気がないようにみえた。京都歩きで疲れたのかなあと思いながら、私は彼女がおいしいお好み焼きを食べたいというので、それらしい店に入って、積もる話をしたのだった。

彼女は、以前ほどお喋りではなくなって、私も以前ほどには無邪気に甘えられなかった。お好み焼き屋を出て、戎橋の方へ行き、両側に店が並ぶ通りへと入った。人でごった返す通りの店をあちこちひやかしながら歩き、そうして帰る時間になって、彼女は水掛不動が見たいと言った。

あとで、彼女から届いた葉書には、「あなたがちっとも変っていないのをみて、ほっとした」と書いてあった。きっと彼女は心配してくれていたのだろう。私が横浜を出て山形に行き、さらに大阪に転居して、さぞ苦労しているだろうと考えていたのかもしれない。

そうして、葉書の最後には、京都へと向かう列車に乗った時に涙が出たと書いてあった。気丈な彼女にいったいなにがあったのかと気になったが、そのあと電話をすると元気だったので安心し、今度は私がそっちに行くねと言って、電話を切った。まさか、それが彼女との最後の会話になるなんて、そのときには思ってもみないことだった。

法隆寺、五重の塔

彼女に起きていた異変を知るのはまだ先のことで、私は、あいかわらず暇をみては、奈良や高野山、明日香村など、歴史のあるところへとでかけていた。

高野山や明日香村は、とても一日では回れない。何度かに分けて回った。猫たちが待っているので、いつも日帰り。帰りが遅くなると、猫たちは玄関まで出てきて、黒猫のプリンはヒョンヒョンと飛び回り、マロンはプリンの後ろからそうっと顔を覗かせてのそのそと出てきた。待っていてくれるものがいるというのは、とてもうれしいことで、ほっとする。なんとけなげな生き物たち。

けれども、それから少しして、プリンの様子がおかしくなった。腎臓の調子が悪くなり、点滴を受けることに。費用がかかるので、自宅で点滴をすることにした。

 

 

 

 

 

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