堪忍。

*******大阪編*******

大阪に移ってからというもの、飼い主が、たこ焼きがおしいすぎるだの、だんじり祭りに絶対に行くだのと、はしゃいでいるそばで、猫たちは元気がない。

<だんじりの山車は、想像していたものよりも小さかった。屋根に乗る男たちは、やはり勇ましい。>

猫が元気がない理由は、はっきりしていた。この町内では、基本的に猫は家の中で飼うということが決まっていたので外には出せない。あれほど外が好きだった猫たちにとって、これ以上のストレスはないだろう。私も、まさかここまで厳しいとは思っていなかった。

でも、ルールは守らなくてはならない。それに、ここではよそ者などという言葉すら聞くことはなく、穏やかなところではあったが、近所とトラブルを起こすのはなんとしても避けたかった。それで庭のフェンスにネットを張り巡らした。庭だけで遊ばせようとした。

ごめんな、不自由な思いをさせてなあ・・・。と、心で詫びながら、おそるおそる庭だけでもと、外に出していた。

プリンときたら、山形にいるときには、よく林の中で寝ていたものだが、きっとその習性が残っていたのだろう。庭のほんのわずかな植え込みの木の下で寝ようとしていた。けれども、庭は近くの団地からの通り抜けの道に面していたから、山形のときの林とはまるでちがう。車の音がして眠れるものではない。諦めて、すごすごと、家の中へと入ってくるようになった。

マロンはマロンで、あまりの環境の変化に腹を立てているみたいで、性格も変わったようにすぐに怒りを表すようになった。

けれど、それも、きっと時間が癒してくれるだろう。そう思うようにしていたら、猫たちはいつのまにか、ちゃっかりとネットも塀も乗り越えて外に出ているではないか。

「うちんとこの仏壇の前に、お宅の黒い猫がちんまりと座ってはった」とか、「うちの庭でお昼寝をしてはった」とか。マロンは、とくに、隣りの豪邸の広い庭がお気にいりで、隣りの庭にいる時間のほうが多くなってしまった。

「あんたなあ、いくらネット張ったかて、猫にはなんともないやろ。そんなん、無駄やで。やめたほうがええんとちゃうか」と、隣りの気のいい奥さんかが言った。京都を早速に案内してくれた方だ。猫の具合が悪いときには、一緒に病院までついて行ってくれるほどだった。

その寛容さに甘えてみることにして、ネットを取り外し、まわりの親切な方々に頭を下げて回った。申し訳なさと、ありがたさと。おかげで、プリマロはなんとかやっていけそうだった。

それでも、前のような暮しとは程遠い。堪忍な。これで精いっぱいや。我慢してな。プリンとマロンをみては、つい、その言葉が出てくるのだった。

 

 

 

 

 

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