機関車トーマス

茶畑の中をひた走るトーマス。そして、汽笛を鳴らしながら、鉄橋を渡って行く。

峠道から写真を撮って車に飛び乗り、急いであとを追うことにする。川根温泉を過ぎたあたりでなんとか追いついて、並走する。

どうにかしてトーマスの顔をみようとするが、同じように写真を撮ろうとする車が連なっていて、なかなか追いつくことができない。

結局、千頭の駅まで行き、ようやく、御対面となった。

しばらくすると、トーマスは回転台のところまで移動。人力で回転し、方向転換する。

方向転換したあとは、仲間のヒロとパーシーのところへ行って、みんな勢ぞろい。

右から、トーマス、ヒロ、パーシー。ジェームスは新金谷駅にいるんだって。残念。でも、3つ勢ぞろいはさすがに圧巻だ。ワクワクが止まらなかった。ふっと、父がここにいたらどんなに喜んだことだろうかと思った。

「おれはな、若かったころに機関士をしていたことがあるんだ」。そんな話を父から、亡くなる数年前に聞いた。そのときの父は少し酒に酔っていて、とても楽しそうにそのころの話をし、私は、青年だったころの父の姿を想像した。

父はめずらしく饒舌で、「機関車が峠を越えるときには必死で石炭を焚口にくべてな、ようやく峠を越えたあたりにはたくさんの人が手を振ってくれていたもんだ。そんな時は、とても誇らしくてなあ」という話をした。亡くなる数年前のことで、その時の楽しげな父の顔は忘れられないものとなった。

きょうは夏休み前でしかも雨まじりの天気だったが、それでも千頭の駅はごったがえしていた。なにしろ、トーマスが走るのは、土日とか休みの日だけだから、無理もない。息子が小学生のころ、SLに乗ってみたいというので、一度きたことがある。そのころには、まだトーマスはなかったけれど。

走るSLの撮影スポットが何カ所かあるようだが、準備不足でそうした場所には立てなかった。それでも、鉄橋を渡って行くトーマスをみた丘には、一つの発見があった。誰が作ったのか、機関車のミニチュアがひっそりと置いてあったのだ。

まさしく、父が乗っていたころの機関車だろう。とても精巧に作られていて、後ろには石炭を乗せる車両もついている。SLがみえる丘の上に、SLの模型をひっそりと置いておくなんて、素敵なことをする人がいるものだ。

千頭の駅では、機関室のなかも公開していた。ヒロの運転席はこんなふう。石炭をくべる焚口はしまっていたが、父が懸命に石炭を入れている姿を思い浮かべた。

なかなか興奮はおさまらなかったが、なにしろ夕方はチビまる子のところへ行かなくてはならないから、いつものように急いで帰ることになる。

途中の道の駅で売っていた白いトウモロコシ。ちょっと珍しいので買って帰り、さっそく茹でてみた。チビまる子のところから帰ってから食べようと思ったが、食いしん坊の私は、やっぱり我慢ができずに一口。これがまたなんとも甘い。さて、おあとは帰っってからのお楽しみ。

ちなみに、私が生まれた田舎では、トウモロコシのことを「きみ」と呼んでいた。食べてというのは、「け」で、だから、トウモロコシを食べて、というのは、「きみ、け」なのだ。私たちは、田舎言葉と標準語を使い分けて育ち、今でいえばバイリンガルなのだった。